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ON AIR♯81 ~のびた身長文庫 池永陽「コンビニ・ララバイ」~

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現在、芸術祭CDの台本にかなり追われています。でも、そんなときにこそ息抜き・・・っていうことで、最近、テレビ観てます(不健康だ・・・)。
スペースシャワーTVで最近、いい曲がかかりまくってますね。
サンボマスターの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」を聴いたりしていると、自然と目が熱くなります。

それと、始めてスガシカオさんの曲が好きになりました。「夏陰」は本当によい。今までサーっと聞き流してただけなのにね。
あと、BUMP OF CHICKENの「プラネタリウム」とか、aikoの「キラキラ」とか。GOING UNDER GROUNDの「きらり」とか、Jackson vibeの「さよならヒーロー」とかもかなり好き。

あ、それと、注目すべきはBACKSTREET BOYSの「JUST WANT YOU KNOW」のPV。これはめっちゃくちゃ笑える。あんなの彼らがやっちゃうんだ!っていう意外なものでありました。


今回はずっと感想を書かなかった小説です。こちらもテーマは「愛」ですね。

今回紹介するのは、池永陽さんの「コンビニ・ララバイ」という作品です。表紙の絵と表紙裏の作品説明に惹かれ、大宮のエキナカの本屋で、スイカで買いました。
本っていうのは映画と違って、あまりテレビのCMとかで宣伝されませんから、表紙裏の説明ってけっこう重要だと思うのですよ。面白そうか面白くなさそうか、読みたいか読みたくないか、そこで決まるわけで。あくまで個人的な意見ですが。

池永陽「コンビニ・ララバイ」

コンビニ・ララバイ(集英社文庫 定価630円)

小さな町の小さなコンビニ、ミユキマート。オーナーの幹郎は妻子を事故で亡くし、幸せにできなかったことを悔やんでいた。店には、同じような悩みや悲しみを抱えた人が集まってくる。堅気の女性に惚れてしまったヤクザ、声を失った女性の卵、恋人に命じられ売春をする女子高生……。
彼らは、そこで泣き、迷い、やがて、それぞれの答えを見つけていく――。温かさが心にしみる連作短編集。


僕がこの作品を手にとったのは、去年、鈴井貴之監督の「銀のエンゼル」という映画に大感動した覚えがあるからである。小日向文世さんの映画初主演作。GOING UNDER GROUNDのきれいなメロディに乗せて届く親子愛を中心とした群像
劇。北海道の絵がとても美しく撮れていたし、出演する役者たちの演技も、自分の当時の状況も手伝ってか、痛く心に焼きつくものだった。
その映画はコンビニが舞台で、いろんな人がそのコンビニに集まってきて、その上でドラマが進行していく。僕はそのドラマの作り方に好感を覚えた。
そういう経緯があって、「コンビニ・ララバイ」は、そこから漂う雰囲気がとても「銀のエンゼル」と似ていたので、もしかしたら、同じように感動を覚えることができるかな、と思い、買ってみたのだった。

この物語は同じミユキマートという舞台を中心に、七編の物語が載せられている。この七編の主人公はそれぞれ違う。一話目と七話目はミユキマートのオーナーである幹郎を主人公に、その他は、その幹郎をとりまく人物たちがそれぞれの主人公を務めている。それは、幹郎とともに働く店員の女性であったり、ミユキマートの利用客であったりするのだが、それぞれがそれぞれ、心の中のドラマを展開させていくこの小説は今まで見なかった形だった。楽しくない、むしろ暗めの話だけれど、最後にちょっとした希望を見せてくれているものもある。どこか、テレビの連続ドラマのようだ。
それではほんの少しではあるが、大雑把なあらすじと感想を一遍ずつ紹介していこうと思う。

第一話 カンを蹴る
ほとんどミユキマートのオーナーの過去、そして今を綴っている。ミユキマートの店員、治子に想いを寄せるヤクザの男を見つめる幹郎その先にある事件が起きる。
第一話というのもあって、ちょっと説明的だが、とても切ない。同時に、この物語の世界観もしっかりキャッチ。そして、幹郎の人生は、第二話以降へも影響を与えていくことになる。

第二話 向こう側
ミユキマートで働くベテラン店員、治子を中心とした物語。治子は第一話で八坂という男に想いを寄せられた女である。しかし、八坂がヤクザであること、そして彼女の暗い過去によるトラウマが、治子と八坂を苦しめる。
治子と八坂を中心とした愛には複雑な感情が入り乱れていて、とても心が痛くなる。今以上の愛に手を伸ばそうとして涙を流すことはなんて切ないんだろう。

第三話 パントマイム
ミユキマートに勤め始めた照代という女性が主人公。彼女の過去を中心に話は進む。彼女にはシナリオライターになる夢を追う恋人、厚志がいた。彼との甘い、夢追いの同棲生活。でも厚志はあることを照代に告げる。
個人的にかなり好きな作品。特に厚志の行動にはとても心打たれるものがあった。厚志がシナリオライターを目指しているというだけでも心惹かれるのに、彼の照代に対してとった行動は、きっと厚志にとっての一番大きな仕事であったことだろう。自分じゃとてもこういうことはできないだろう。これも愛の形なんだろうか。

第四話 パンの記憶
劇団に所属する女性、香が主人公。香は劇団でいい役を得るために、あることをした。しかし……そして、彼女の過去が影響した、ある症状が襲う。
ミユキマートの幹郎が香に影響を与える話。香の過去はとても現実的で、ありえる話だと思う。しかしながらラストは思わず、「ガンバレ!」と叫びたくなるような、そんな愛に溢れた話。自分を見てもらうってけっこう勇気がいる。自分を出すために必要なものとは?それを見つけるための話だ。

第五話 あわせ鏡
ミユキマートの利用客である中年女性の克子が主人公。彼女を精神的に支えつつもどうしようもない生活を繰り返す男、そして、克子に想いを寄せるもう一人の男性。その二人の狭間で揺れ動く克子の心模様が綴られる。
この七編の中でもひと際複雑な「愛」の物語。「コンビニ・ララバイ」は、異性との愛を中心に書かれている作品なので、必然的にセックスなどの描写を持ち出してくる場面が多々あるのだが、その中でもこの「あわせ鏡」は大人の、大人だからこその気持ちを全面的に出した話のように思われる。それでも、最後のシーンは僕のような若い人でも十分心を締めつけるものだった。

第六話 オヤジ狩りの夜
ミユキマートで万引きを繰り返す女子高生、加奈子が主人公。加奈子は恋人の満と何でも許しあいながら過ごしている。それこそが恋人としてのあるべき関係だと満に言われたからだ。しかしながら彼女はそれを認めながらも、不満の気持ちもどこかに抱えている。
この話もまた、ミユキマートのオーナー、幹郎の生き方が、少なからず、加奈子に影響を与えていく。実は僕は、この作品で、「愛」についての考え方が少し変わった。
僕は好きな人に対して、ずっと寛容であり続けることこそが、恋人のありかただと思ってた。肝要でなければ、愛は続かないものだと、自分勝手に思っていた。けれど、幹郎の言葉に一気にやられた。感動した。これは是非読んで頂きたい。

第七話 ベンチに降りた奇跡
幹郎を主人公に、ある二人の老人の恋を描いていく。この二人の老人は、「恋」をしつつも、ある理由があってそれ以上のもの、「愛」の段階に踏み込めない。
この理由が、本当に切ない。二重、いや、三重の縛りというか。ラストは衝撃的で、このうえない感動を得ることは間違いない。これを奇跡と呼ばずに何と言うべきだろう?僕は読み終わったあともずっと泣いていた。涙が止まらなかった。
幹郎、そして店員の治子は、この老人たちの恋をどう見つめたのだろう。少なくとも、二人の「愛」の価値観は少なからず広がったんじゃないかなと思う。

そう、この物語は「愛の価値観」についての話なのだ。この物語の裏には常にこの問題がある。セックスこそが「愛」の全てだという者、セックスだけが全てじゃないという者、その意見のぶつかり合いを始めとした、実にさまざまな「愛」への形を、池永陽さんは表現したかったのだと思う。
しかし、それだけでは終わらないのがこの物語の素晴らしいところだ。「愛」についての話だけではなく、暗い過去を見つめつつも明日へと進もうとする、幹郎はじめ多くの登場人物たちの姿には、とても心打たれるはずだ。
僕のこの紹介文で、誰かが一人でもこの本を読む気になって、その結果、生きるための力を少しでももらうことができるのなら、小説を愛する者として、これほど嬉しいことはない。
これは人生の物語でもあるのだ。

曲は尾崎豊で「シェリー」。
一番、「コンビニ・ララバイ」の幹郎に近い歌詞を探していたら、この曲にたどり着きました。


シェリー 俺は転がり続けて こんなとこにたどりついた
シェリー 俺はあせりすぎたのか むやみに何もかも 捨てちまったけれど
シェリー あの頃は夢だった 夢のために生きてきた俺だけど
シェリー おまえの言うとおり 金か夢かわからない暮しさ

転がり続ける 俺の生きざまを
時には無様なかっこうでささえてる

シェリー 優しく俺をしかってくれ そして強く抱きしめておくれ
      おまえの愛が すべてを包むから
シェリー いつになれば俺は這い上がれるだろう
シェリー どこに行けば 俺はたどりつけるだろう
シェリー 俺は歌う 愛すべきものすべてに

シェリー 見知らぬところで 人に出会ったらどうすりゃいいかい
シェリー 俺ははぐれ者だから おまえみたいにうまく笑えやしない
シェリー 夢を求めるならば 孤独すら恐れやしないよね
シェリー ひとりで生きるなら 涙なんか見せちゃいけないよね

転がり続ける 俺の生きざまを
時には涙をこらえてささえてる

シェリー あわれみなど 受けたくはない
      俺は負け犬なんかじゃないから
      俺は真実へと歩いて行く
シェリー 俺はうまく歌えているか
      俺はうまく笑えているか
      俺の笑顔は卑屈じゃないかい
      俺は誤解されてはいないかい
      俺はまだ馬鹿と呼ばれているか
      俺はまだまだ恨まれているか
      俺に愛される資格はあるか
      俺は決してまちがっていないか
      俺は真実へと歩いてるかい

シェリー いつになれば俺は這い上がれるだろう
シェリー どこに行けば 俺はたどりつけるだろう
シェリー 俺は歌う 愛すべきものすべてに


尾崎って、しつこいほどに「愛」という単語を使います。だからなのかもしれませんが、彼はきっと誰よりも「愛」について考えていたミュージシャンだったのかもしれませんね。

ozaki yutaka 回帰線

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