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Radio Wavelog -Contact Of Personality-

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ON AIR#3829 “ROSTER”

僭越ながら
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スポーツなんか見てると、
歓喜の瞬間っていうのがやっぱり名場面になる。
そしてそれがいつまでも記録に、記憶に残っていく。
私は運動神経に恵まれず、スポーツ選手にはなれなかったが、
羨ましいなと思うのは、「歓喜の瞬間」を当事者として体験できることだ。
決勝戦で勝つ、雄叫びを上げる、仲間と歓びを分かち合う。
そんな瞬間は、やはりスポーツ選手、アスリートだけに許された特権なのだと思う。

自分はいつの間にか俳優になってしまったけど、
オーディションに受かって、歓びをどんなに噛みしめても、
「うぉっしゃあああああ!」
と雄叫びを上げはしないだろう。
『メイクルーム』っていう映画がグランプリを獲ったときも、
「おお、獲ったか!」
という感じ。もちろん、飛び上がるほどに嬉しいのだが、
芸術という分野は、作品が完成された時点で「過去」のものなので、
生々しく、真新しい「現在」を表彰されるスポーツとは、やっぱり若干訳が違う。

そもそも、『メイクルーム』が賞を獲得した当日、
私は舞台本番で、舞台裏で獲得した情報を聞いたのだった。
(しかも暗転、舞台転換の直前に)

だから、スポーツできるひとたちが羨ましい。
我々芸術分野のひとにある特権は、
せいぜい「引退がない」「死ぬまで現役選手でいられる」くらいだったけど、
最近じゃ芸能界も「引退」っていう確固たる線引きができるようになった。
まあ、昔から引退はあったけど、なんか曖昧でグレーな感じがあったなあ。

スポーツマンの歓喜の当事者はなることはできないが、
その歓喜の輪に「応援する」側として、疑似体験することはできる。
私はそれもあって、日々野球場だとか、
いろんなスポーツを現地に観に行ったりしたくなるのかもしれない。

そんなことを、次回公演の『へなちょこヴィーナス』に出演するにあたって、
テーマである「応援」って何だろうということを考えているときにふと思った。
応援って不思議な行為だよなあ、本当に。


でも常に思っているのは、
スポーツにはたいてい「勝負」が存在して、
浮かび上がった勝利の数だけ、それと同数の敗北が必ず存在しているってことなんだなあ。
私は嬉し涙より、悔し涙のほうが、人生においてはよっぽど大切だと思ってる。

ついつい、無意識に忘れがちだ、目を逸らしがちなんだ、悔しさって。
スポーツをせず、芝居だけやってるような私なんか特に。
私のお芝居にも、悔しさがもっと乗っからせていきたいものだよな。


日本シリーズ進出を達成したソフトバンクホークスの上林選手が、
進出を決めた最後の試合の前に一軍登録と抹消されて、
大スター選手の柳田選手が代わりに一軍昇格。
優勝を決めた歓喜の輪のなかで一人悔し涙をずっと流していたのが印象的だった。
こういう選手ほど、誰にも敗けない名選手になってほしいと心から願ってる。

歓びの中にも悔しさがあるなら、
悔しさのなかにも歓びを見いだせるはずだ。
頑張ろうと思う。

では、また。



あ、思い出した、『ヘルタースケルター』って映画に、
住吉先輩がオーディション受かったって聞いたとき、
みんなで「うわあああああ!」って言いました!
まるで優勝の瞬間みたいに。
住吉さん元気そうで何より。


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