ON AIR#3804 “Aku”

今日から、『海街diary』のベタ稽古開始。
実は『へなちょこヴィーナス』の稽古も少しずつ始まってはいるんだけど。
ああ、ダンス、苦しい、楽しい。
苦しくなければ、やっている意味などない。
とにかく、公演が終るまでは、全力で。
そう言い聞かせてはいるけど、心のどっかで、手抜きしてたりするんだよな。
まったく、ひどいヤクシャなんだ、私は。

那須野さんとか、ゆり菜さんとか、真実さんとか、
とんでもなくかっこいい先輩俳優の演技を見ては学ぶ日々。
こういう場にいられる、呼んでいただけたってこと、
環境に感謝したら、それに見合う義務を果たそう、せめて。
『へなちょこヴィーナス』を演じる自分にも言えるんですが、
とにかく、このままではいかんのです。


そういえば、阿久悠さんの半生を描いたドラマが、
先日やっていたらしい。
自分は確か、江戸村にいて、テレビをほとんど視ないでいたので、
見逃してしまったのだけど。
なぜいま、阿久悠さんが特集されているのかわからなかったのだけど、
調べたら、なるほど、没後十年だった。
なんでも、今になって、阿久さんの未発表の詞に、
次々と大物アーティストによって、曲がつけられているみたいだ。

自分自身、そこまで阿久さんの詞を知っているわけではない。
けれど、いまやどんなメロディも過去の作品の安易な模倣であると揶揄され、
アレンジだって、どんどん閉塞していこうとしている時代、
ロックンロールだけでなく、ジャズさえ聞かれなくなっている今になって、
もっともその人自身、誰でもない人生そのものを語れる作詞家って、
実は最も重要なものなんじゃないか。

自分の友達にも作詞家がいるんだけど、その人は、
言葉に命賭けてるって感じなんだよな。
その友達の活躍が、いまの自分のエネルギーにもなっている。

政治家ですら、自身の言動に責任を持たないまま、
支離滅裂とした騒動を巻き起こし、
海の向うの倒錯した独裁者が、歯止めの利かぬままに暴論を吐き続けている、
そんな時代に、言葉というものが、どんなに大切か、
もう一度見直される時期にきていると強く思う。

いきものがかりの水野さんが、阿久さんについて、
「自分の言葉を他者に投げかけ続ける勇気と覚悟」
を学んだと結んでいたが、
これは、俳優にも言えるような気がしてる。

もちろん、その言葉は自分の想いではなく、
シナリオライターの魂の叫びではあるのだけど、
それを、本物の口から発するのはヤクシャしかできないことだから。
自分を通して、誰かの想いを投げかける、
それにだって、勇気と覚悟はいるのだ。
そして、自分自身の言葉や想いに、変換していく。
それが俳優の仕事。

明日も稽古。
そろそろ眠ります。

では、また。

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【ブレブレのやつ 中野克馬くんと】
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