ON AIR#3732 “misted with...”

今日は、先輩の中原さんの主演舞台を観た。
『霞の中の少年』という舞台。
中野ウエストエンドスタジオにて。

中原さんの演技を久しぶりに目の当たりにして……。
いかに、自分の演技に何もないか痛感する。
いったいどうやったら、中原さんのような演技ができるというんだろう。
貫禄とも、ちょっと違う。年齢を重ねるだけでは決して出せないものだから。
中原さんは、私が新人のころから、
「オマエの芝居、何もないんや!」
と酒を飲むたびに言っていた。
それがどういう意味なのか、そのときは解らなかった。
いまでも解ったと思いながら、ほんとの意味では掴めていないのかもしれないなあ。
18日(火)まで上演中とのこと。


そのあと、都内某所、稽古場にて。
うちはどうしても持ち稽古場というものがないので、
日によって、場所が変る。
今日は歩く、歩く、歩く。約2キロ半、歩いた。
2キロ半ってこんなに長かったっけ。
おまけにこの暑さ。よくスポーツドリンク無しで乗り切ったものだ。


自分には台本の読み込みが足らないのだ。
事務所の公演に出演ということになるたび思う。
なんとなく科白を入れて、なんとなくで立って、それでなんとなく成立してしまうから、
ああ、なんとかなるじゃん、と思ってしまう。
やっぱり心のどこかで甘えているんだ、ナメているんだ、そうなんだよ。
こんなんじゃダメだ。もっと追い込まないと。たった四回しかない舞台だからこそ。

それにしても、稽古場では大きな声を出す、とにかく出す。
大きな声で歌う、大きな声で話す、日常生活じゃなかなかできない。
うまく非日常を面白がって楽しむことができたらいいなと思っている。
くだらないままでいい。むしろくだらないことだからこそ、終りがなく、答えが出ず、飽きない。
一度真面目になってしまったら、答えは一つ。
さっさと俳優なんて辞めてしまっているだろう。


ところで、赦すって、いったいなんだろう。
今回の舞台に携わっていると、そういうことを考える。
というか、映画であれ、演劇であれ、テレビドラマであれ、
私の好きな作品では、誰かが必ず、誰かを「赦す」。

「赦す」とか「赦さない」では片づけられないものがあることももちろん知っている。
しかしそれに面と向かって立ったとき、果たして自分なら、どうなってしまうだろう。
想像もつかない、知らない景色が広がっていて、ただただ怖いのだ。

そもそものきっかけは、海の向こうではノーベル平和賞受賞者の劉暁波さんが亡くなられ、
この国では、命の尊さを訴え続けてきた山下京子さんが亡くなられ、
今後のストレイドッグの舞台に『夕凪の街 桜の国』があることからだった。

そういえば、今日の中原さんの舞台も、
永遠の「赦し」がそこにあったような気がする。
取り返しのつかない現実の前に、
私たちは、あまりにも無関心が過ぎるのではないか。
芸能人の告発ビデオや、政治家のパワハラに笑っていられるうちはまだ平和なのだけど、
その平和のありがたさに、いったいどのくらいの人が気づいているだろうか。
平和はときに、霞となって、向き合うべき恐怖すら隠してしまう。


明日も稽古がある。
舞台を通して、娯楽でありながら、どこかで、生きる力や警鐘を感じさせたい。
おこがましいというのは承知で。
まだまだ考え続けていかなくちゃいけない。
どうぞよろしく。

では、また。



20170716_215323.jpg
【Aチーム出演者の青山了くん。変顔してるけど、めっちゃイケメンだ。モテそう】
スポンサーサイト
ON AIR#3733 “Rain Front” | Home | ON AIR#3731 “tenacity”

コメント

コメントの投稿


非公開コメント