ON AIR#3653 “NORI-MONO”

新しい自転車が欲しくて欲しくて、
リサイクルショップの店頭に、ピストバイクが置いてあって、
けっこう安いし、デザインもいいし、これでいいかななんて思ってたんだけど、
調べてみたらピストバイクってけっこう怖いんだなあ。
自転車好きだけど、固定ギアは自分には合わないかもしれん。
ブレーキ着いてようが、坂道下るのがきつそうだし。
やっぱりクロスバイクだよな。
でも、クロスバイクはかなり高いんだ。
こんなこと、ああだこうだと言いながら結局買い替えず、
ぶっ壊れた自転車のまま、年内過ごしそうな予感。

都内で自転車乗りは肩身狭いからね。
歩行者からは邪魔者扱いされ、自動車運転手からもフロントガラスの向うから罵られ、
どっちにしろ、疎まれる存在なのだ。
そのうえ事故ったらもう洒落にならない。
なるべく速ければいいけど、なるべく安全なもんに乗りたい。

恥ずかしながら、自動車の運転免許を持っておらず、
二年くらい前までは、やっぱり持とうかなあ、なんて思ったりもしたけど、
この一年で、持ちたくなくなっちゃったんだよねえ。
理由はいろいろあるんだけど、潜在意識のなかに、
自動車に対する恐怖があるのかな。
飛行機の次に乗りたくないのが、自動車で、
できることなら一分、一秒も、自動車には乗りたくないのだ。
最近じゃ、高速バスでさえも、けっこう警戒するかもしれないな。
それがたとえ運転者だったとしても。

ないとは思うけど、こんなんじゃ一生沖縄には行けないし、住めないな。
あと、車を運転する芝居が、できないのは大きなデメリットではあるんだけど。
ああ、どうしようかな。

そういえば、よく行く映画館までの道、
その電信柱の下に、小さな花がいつも飾ってある。
電信柱には紙が貼ってあって、そこには、
十年以上年前に亡くなった息子に対する、父親の想いがつづられている。
どういう事故だったのか、そのころ私はこの街には住んでいなかったのでわからないけど、
いつやってきても、そこには綺麗な花があるので、
その父親は、いまでも、月に幾度となく花を飾っているのだろう。
何年経っても、何年経っても、そこには終らない悲しみがある。

乗り物に乗るというのは、自分や誰かの命を裸で乗せる行為で、
同時に、誰かの命に剥き身の刀で向かっていくようなものだと思う。
そういう意識を常に私たちは持っていないといけない。
自動車だけでなく、それがたとえ自転車であっても同じことだ。

ピストバイク、しばらく迷っている間に、
誰かに売約決まっちゃいそうだなあ。

では、また。


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