ON AIR#3643 “Ikari(2016)”

芝居で、怒るシーンがあって、
その怒りが足りない、出せてない、というダメ出しがあって。
そのあと、自分で稽古もしたんだけど、うまくできなくて。先輩が、
「田嶋は普段あんまり怒ったりしないからなあ」
と言ってたけど、
私、日常のなかではかなり怒ってるほうだと思っていて。
けっこうな頻度でイラついたりしてるし、
機嫌もすぐ顔に出たりするほうの部類だから、
その先輩の指摘はずいぶん意外だった。
イラつくことと、怒ることは、似ているようで実は違ったりするものなのですか。
他人に対しても怒ったりすることふつうにあるけどな。
怒りを覚えた相手に面と向かって言わないし、第三者に吐くってこともしないのだけど。

昨今のニュースなんか見ていると、
誰にでも判りやすく怒ってる、または怒れるひとは、思いのほか安全で、
最近じゃ、怒るイメージのないひとのほうが実は危なかったりすることもあったりする。
どこぞの国の大統領みたいに、終始なんかに怒ってるようなのもどうかと思うけど、
案外、ただのポーズだったりするのかもしれない。全然好きじゃないけどね。
それにいまなんか、SNSだとかのタイムラインに、いくらでも怒りは溢れている。
すっきりするひとはするだろうね、なかにはタイムラインに貯めこみ過ぎて腐っていくひともいるけど。
でも、あれは果たして本当に世にいう「怒り」ってやつなんだろうか……。
本当の怒りは、ネットという世界を簡単にすり抜けはしないものだと思う。

『怒り』って映画を観たとき、そんなことを、思ったな。
そこかしこに、『怒り』の犯人みたいなやつは居る。確かに、絶対居るはずだよ。
行き場のない怒りを、ある日突然、猛烈に破裂させてしまうようなひとが。
いまや、家族観でぶつけ合って、挙句殺してしまったりするんだから。
だったら、適度に怒ることは、ときとして発散なのかもわからない。
たいてい迷惑がかかったりするから、厄介なんだけど。
私をさんざん傷つけたあいつやあのひとだって、
私と違う誰かからは慕われていて、それぞれ大切だと思うひとがいて、
大切に思われているんだ。

結局何が言いたいんだろう。
とにかく、怒るって難しい。
ましてや、お芝居で怒るって。
私にとっては、あらゆる感情のなかで一番、実体のつかめないもの。
悲しくて泣いたりすることなんかより、はるかに難しい。
誰がどう見ても、怒りに見えなくちゃいけない。
雑味のない、新鮮な怒り。
果たしてこの芝居で表現できるんだろか……。

では、また。

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