19 2006

ON AIR#363 ~金城一紀 「GO」~

一日以上の遅れをもって書いています。

19日、北朝鮮に金融制裁というニュースをチラッと見た。
まぁ今までの流れで行けば日本を危険から救うためにも必要だったのかもしれない。

けど、なんか「制裁」という言葉は、心に引っかかりを感じるし、それが心地よく感じないことにも気づいている。

別に痛烈に批判をしているわけでもないが、日本がどっかの国(正確にはその国の大統領みたいに)悪い意味で「強者」にならないように祈る。

そんなことを考えたその翌日の20日、
朝鮮総連に脅迫文(&小指)が届いたというニュースが。
国と国でなく、民間の社会の中でこういう出来事があるのが哀しい。

どっかのブログにて、「人的交流・金銭的対応・貿易行為も封鎖してこそ本当の制裁」という表現を読んだ。
まぁ人道的なもんも捨ててしまえという人も中にはいるんでしょうけど、
違う意味で人道から外れてるよなぁ。この総連のニュース。

こういう卑怯なことがある限りは、何も変わっていかないし、僕らは何も偉そうなことは言えないんだと思う。



GO
GO(講談社文庫)

映画化もした「フライ,ダディ,フライ」の金城一紀だが、もう一つ、映画化された小説を書いていました。それがこの「GO」。
直木賞を受賞しているそうです。
まず頁をめくると、すぐに出てくるシェイクスピア「ロミオとジュリエット」からの引用が印象的。
恋愛小説でありながら、在日などに対する差別を扱った作品。

これは凄い。
ほとんど一気に読んでしまった。

比喩とか、人を笑わせる文章とかの使い方が上手くて、テンポよく読めるというのもあるのだけど、後半から、主人公が自分がこれからどう生きるべきなのかを模索し続ける姿には、自分が本を持つ手に力が入ってしまう。

特にタクシーの中で主人公が心の中で気持ちを吐き出す場面とか、父親が主人公に希望に満ちた言葉を言う場面とか、かなり自分の言葉ではうまく伝えられないような気持ちになる。

この小説、携帯電話が使われていないところを見るとやはり少し昔の時代の話なんだろうなと思う。韓流ブームも靖国問題もなく、とにかく韓国や朝鮮に対する差別しかなかった時代の日本の話なのかもしれない。

国というものは何だろう?ブッシュやコイズミやノ・ムヒョンやキム・ジョンイルなどが必死に守り、強くしようとしている国というのは。
見えないものが大きくなり見えないものに縛られているというのは多分こういうことなのだろう。

それが、平和ではなく、争いや差別に使われるのであれば、「GO」の主人公は国と国の境目など壊してしまうだろう。

「GO」には、国やら宗教とかがどうにかなっても、決して変わらないもの――たとえばそれが人に対する愛であったり、生きている事実であったりするのだけど――それを大切にする主人公の姿が見える。

主人公がそうであったように、自分の中にしか存在しない、自分にしか見えない、何物にも縛られない気持ちっていうのは、僕らの中にもきっと存在するはずだ。

果たして、僕らの時代は明るい未来へ、「行く」ことができるだろうか。
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2 Comments

藍色  

こんにちは。
トラックバックさせていただきました。
この記事にトラックバックいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。

2009/09/18 (Fri) 13:47 | EDIT | REPLY |   
のび">

のび  

コメントありがとうございます。

のび">

>藍色さん

どうもありがとうございます。

また、コメントしにきてください。

本、読まなきゃいけませんねぇ。

2009/09/20 (Sun) 02:30 | EDIT | のびさん">REPLY |   

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  •  GO 金城一紀
  • ある日僕は恋に落ちた。彼女は可愛らしい日本人だった。 第123回直木賞受賞の感動青春恋愛小説。 付きまとう差別。突き破るエネルギー...
  • 2009.09.18 (Fri) 13:42 | 粋な提案