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舞台

ON AIR#3262 “Like clear man, I can go everywhere. Don't you envy me?”

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舞台『アオイの花』が終り、ようやく役が抜けてきた。
朝起きて、劇場行かなきゃ、とムクムク起き上がって、ないんだ、と気づいたよ。
この一ヶ月ずーっと何かにイライラして、うつうつと誰かを恨んだり、疎ましく思ったり、
ひととの関わりをかたっぱしから避けたり、一人でいてみたり、
道行く子供の歩く姿を見たりと、いろんなことに取り組んでみたけど、
結局私の背負った役の本当の心の核みたいなものは掴めなかった。
いや、本当に掴んではいけないものかもしれないけれど、それでも少しでも近づくことが、
ダメなりにでも、俳優としての務めだと私は思っていた。
間違ってんのか間違ってないんだか。まだまだ私は努力が足りないということです。

個人的には報道陣の役をやるのが責任が重かったなあ。
何でもないようなシーンにも見えるけれど、けっこう重要な役どころで、
怒りを向けられる側でありながら、ちゃんと警察への怒りも、ひとつの科白だけで表現しなくてはいけないし。
報道する立場として、決して「悪い面」だけの報道だけを見せたくはなかったんですよ。
表現できたかはわからないけど、マスコミにだってマスコミの正義があるんだぞって、
言葉にはしなくても、伝えたかったんだよね。

賛否ある意見をたくさんもらって、
厳しい意見も最後の最後までメールでいただいて、非常にしんどい気持ちもあったけれど、
最後に父親が、ヤクシャを始めてからの十年間、何を観ても面白いと言わなかった父親が、
「今回は面白かった」
と一言言ってくれたのが、涙が出るくらい嬉しかった。
それだけでも、意味はあったかもしれないと。

戦争も、二つの震災も、悲惨な事故や事件も、
誰かがなんとかして語り継がないといけない。
批判、批難は絶対にぶつかるものだけど、
それを嫌がっていたら、ヤクシャは何もできなくなってしまう。

『ほぼ日』でも語られていたけれど、
客観に埋もれていくだけでは私たちの存在意義はないのだ。
いつの間にか皆の意見を自分の意見と勘違いしてしまってはいないか。
自分はヤクシャとして何を伝えたいのか。
この作品に出たのは、そういうことを試されているような気がした。


それはそうとして、
6日には東京を離れます。
日光江戸村支部のお世話になってきます。

また生活の作り直しか。
準備が本当に面倒だ。
着付けも、忘れてるし。

では、また。


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連日、手伝いにきてくれた、穂満、城間、小西。
ほんとうにありがとう!

ご来場いただいたすべての皆様に、感謝申し上げます!
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