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僭越ながら

ON AIR#3229 “SouthSaurus”

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ステージの上で歌い、叫び、熱いパフォーマンスで観客を興奮の坩堝に巻き込む。
そんな、バンドマンに憧れたころがある。
まあ、極端に言うとB'zみたいになりたかったんだよなあ。
結局、渚園で歌うことはおろか、初台DOORSでも歌う機会がない私になってしまったけど、
いまだに歌うことへのあこがれはある。

十九歳のときに、初めてバンドというひとつの共同体に入らせてもらった。
もちろん全然、プロじゃない。大学の先輩がやっていたバンドだ。
バンド名すらも忘れてしまったほどの名もなきバンドだが、痛烈な思い出だった。
先輩のエレキとエフェクターを借りて、へたくそなプレイを日夜やり続けた。

そのうち、自分でも何かやってみたくなり、夢中で自作の曲を作った。
あの、よくある、それはそれはよくある、
高校生の書く一種の熱病のようなポエムの延長みたいな歌詞に、単調なコード進行を充て込んで。

一度だけ、私を誘ってくれた先輩が、その曲をバンドでやらせてくれた。
楽しかったなあ。自分の曲が、こんなバンドサウンドになるのか。
自分の手を離れた、たった四、五分のストーリーがひとりでに歩き出し、世界に飛び出した!
それはそれは、当時女も知らぬ、何もかも出遅れた男には快感だったのである。

十年後。
その先輩が久々にライブをやるというので観に行った。
ああ、いい曲だった。先輩の作る音楽の美しさは、何も変わっていなかった。
彼をとりまく環境は、就職や結婚に彩られて、ライブのペースも激減したけれど、
彼のなかにある音楽的な側面、青臭くいうなら、ソウルは何も色あせてはいなかった。

私は二十歳のときにヤクシャを始めた。
それも、もちろんプロになるつもりもなく、ただの遊びみたいなものだったけれど、
十九のときに経験した、ステージに上がる、その一足がなかったらと思うと。
たぶん、いま、私はこうしてこんなことをブログに書いていないかもしれない。
誰かの一挙手一投足は、常に誰かの手によって、思いもよらぬ運命に導かれているときがある。

この年齢まで懲りずに小劇場をやっていると、最近敬語を使うことがどんどん減ってきて。
後輩だけはやたらと増える。でも同い年の俳優は少なくなって、さらには先輩も限られてくる。
先輩になったら楽になるのかなと思っていたけど、ぜんぜんそんなことはない。
後輩がダメなんじゃなく、自分が先輩としてダメすぎて、常に何かにいら立ってしまうのだ。
自分がこんなに小さく愚かな存在なのだと、思い知る毎日しかない。

だから先輩がいるって、とてもありがたい。
甘えられるという意味じゃなく、自分は勘違いしてはいけない人間なんだ、
大したことのないひとなんだと、言い聞かせることができるからだ。

あの頃のように、また追い続ける。
社会人としても立派。夫としても立派。そして表現者としても。
いつでも原点は、誰かの背中である。

では、また。
社会人になって十年近く経っても、いまだに学生時代のギターを使ってるというのも、なんかいいんだよなあ。


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【LIVE STAGE Iwoo NOGATAにて、先輩と】



♪スターバックス/南ゆうき
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