ON AIR#3225 “second quarter”

三学期巡業、早くも折り返し。
どの学校も予餞会など、卒業式に向けて旅立ちの準備をする季節だ。
きょうの公演後、スライドショーで中学校生活の思い出を見る、というものがあった。
どのクラスにも必ずお調子者みたいなやつはいるもので、
スライドショー用の写真でも笑いを誘うことに熱を入れているようだ。
三年生の皆はげらげらと笑っていた。
こういうのは、例えば小学校の送る会では、なかなか見られない光景である。
オトナへの一歩を踏み出すなかで、仲間というものを最初に意識する場所が中学校なのだと気付く。
いまはSNSがあまりにも普及しまくっているから、何年経っても連絡を取り合ったり、
ともに過ごした時間というものを思い返すことなんて、なんの感慨もないのかもしれない。
すでに中学生ではない私には、ほんとうのところがどうなのかは想像の及ばないけれど、
別れの意味を知らないまま、オトナになっていくって、どんな感じなのかなあ。
別れを知らないで、日々、出逢いだらけの人生がそこにあったら、それはそれで幸せなことなんだろうか。

まあでも、連絡が取り合えたとしても、一緒の時間を過ごせないというのは、寂しいものはあるかもしれない。
『音楽室の神様』で共演したAIのメンバーも、卒業する子がいて、残るメンバーは別れを惜しんで涙していた。

言葉は悪いかもしれないけれど、別れに酔って涙に溺れるって、若いいましかできないことだと思う。
オトナになってしまうと変になれてしまって、免疫ができてしまう。
というか、区切りというものが非常にあいまいな社会のなかに身を置くことになってしまうからね。
だから、そういうあふれ出る気持ちを、ずっとずっと大切にしてほしいなあと、AIの子たちを見ていてぼんやり思うのだった。

……いけね、『音楽室の神様』からもう一ヶ月経つのに、私はいつまで名残惜しんでるんだ。
一番寂しがってるの、私じゃないか!
いいかげん、前に進まなくちゃ。
歳は取ってしまったけど、仲間の大切さは、現在(いま)のほうがわかる。
時代がどんなに変わっても、絆の正体というものは、なんら歪んでいないんだと信じたいものだ。

では、また。
私が中学校を卒業したのが2001年だから、まるまる、十五年の月日が流れたことになるんだね。


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【壁を越えて】



♪風に吹かれて/エレファントカシマシ
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