ON AIR#3219 “Three, Two, One......Cue!”

先輩の住吉さんがバイトもできないほどの怪我(骨折手前)をしたかと思えば、
法事で帰ったら、愛してやまないかわいい姪っ子が左手を骨折していたりして、
赤ちゃんのときからアラサーにいたる現在まで一度も骨折したことがない私も気をつけないといけない。
骨折でなくとも、怪我をするとけっこうテンション下がるものでね、さっぱりやる気が沸いてこない。
身体だけではない。心の怪我も然りだ。なるべく心が折れるようなことからは逃げたいと思うが、
一所懸命生きている以上、避けられないことでもあるように思う。
怪我をして初めてわかることもある。そればっかりは、結果論になってしまうかもしれないが。
あとあとになって怪我してよかったと思える何かがあればそれでいい。

知ってるひともいるし、いまさら書いてもどうでもいいことと思うので書くが、
三年前の秋に右足を怪我して、しばらく松葉杖無しでは立ってられない状態が続いた。
そのときの私はもう絶望状態で、おカネの心配は一切どうでもよくなってしまう。
とにかく誰かの助けがなければ生きられないような状況という事実にいら立ち、ずっと家でぼーっとしていたのだ。
しかしそんな矢先、その年優勝したプロ野球の楽天イーグルスが、クライマックスシリーズ制覇、日本シリーズ優勝を果たす。
球団創設9年目にしての優勝、クライマックスシリーズ突破とあって、私の心は燃えないわけがない。
相手は巨人。東京ドームでの三連戦を、どうしても、もうどうしても観たくなった私は、慣れない松葉杖をつきながら、
東京駅前と新橋駅前のチケットセンターをハシゴして、安い立ち見のチケットを買った。

全戦立ち見席だったので、もちろん、ずっと立ちっぱなし。
まず東京ドームまで行くのがしんどいうえ、場所取りをしなくてはいけないのもしんどい。
場所取りの最中、座るのがまずしんどいし、始まったら始まったで、足の痛みとの闘いだ。
とにかく猛烈に痛かった。トイレに行くのも面倒だ。
松葉杖に包帯でぐるぐる巻きの右足は人目につくし、松葉杖がとにかく邪魔でしようがなかった。
バカだなあと我ながら思ったのは、第三戦、第四戦と、松葉杖が非常に邪魔だったので、
第五戦は松葉杖なしで東京ドームまで右足を引きずって来たことである。

うん、後悔はしていない。
その情熱を芸事にもっと注げる性格だったら、いまごろ苦労はしていないだろうけど……。

たしかあれは第五戦だったか、となりで応援歌を熱心に歌うおばちゃんと知り合う。
当時私は楽天戦をちらちら観に行くことはあっても、
応援歌まで覚えてスタンドで声張り上げるほどのファンではなかったので、
熱いファンがひしめくなか、全然応援歌を歌わない私に、やや冷ややかな目線を向けてきたのには困ったのだが、
足を怪我している私のため、わざわざスペースを少し空けてくれたくれた恩人である。
そのひとは宮城からわざわざ足を運び、東京でやっとのことでチケットを手に入れ、観戦しにきたらしい。
情熱の注ぎようが違う。そんなおばちゃんの「応援歌くらい覚えてきなさいよ」目線。
私はもう、たじたじなのであった。
延長戦で、銀次が決勝のタイムリーを打ってランナーの則本が生還したときは、
足の痛みも忘れて、周りのひとやおばちゃんと喜び合ったっけな。
いま思い返してみても最高の時間であった。

あれから三年が過ぎようとしている。
日本一になった翌年以降、二年連続最下位という屈辱を味わっている楽天イーグルス。
だからほんとうに、あの日あのとき、たまたま怪我をしたのは、
言い方は悪いが、不幸のように見えてけっこうな幸運だったのかもしれないと思う。
初めての、念願の日本シリーズ観戦がこんな形で叶うのだから。
アンラッキーは、必ずラッキーに活かせる。少なくとも、私はそう信じている。

楽天イーグルスは東北復興の希望のひとつでもある。
震災から五年。
あのおばちゃんが、宮城のどこらへんから来たのかは定かではないけれど、
また野球に燃えて、日本シリーズのためにわざわざ東京まで来ちゃうような戦いっぷりを、今季は期待している。
昨年は怪我人に泣いたからね。
ほんとうに怪我だけは気をつけて。

では、また。
たまにはオコエ以外も注目してよ、報道陣。


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【上野東京ライン便利だな~】



♪Centuries/Fall Out Boy
松井裕樹が登板する九回表。
この曲がかかるとコボスタ全体がどっと沸くんだよねえ。
守護神! 期待してまっせ!
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