ON AIR#3201 “Crime and Fault”

さて、きょうは何も書くことがないなあ。


テレビでは川崎市で昨年起きた殺人事件の裁判が大きくニュースになっていた。
なにをもって償いとなるのか、また、償ったとしてそれがどうなるのか。
わかっているのは、日に日に過去になっていくこと。
事件の経緯や真相を含め、この事件もいつかは忘れ去られてしまうのだろう。
罪は消えないとは言うが、いつかは誰にも見えなくなる。
彼らのなかにしか存在しなくなるのだ。
こういう事件について私が出すべき答えは、いまだに見つからない。
私たちが答えを見いだせていないのだから、減らないわけだよね。

とある芸能人がミュージシャン不倫したとかで、
レギュラー出演の番組をすべて休演したのだとか。
たかだか、他人の痴情のもつれでここまで大事になるとは、本人たちも思っていなかっただろうけど、
大騒ぎしてるのは話題に困った芸能デスクだけで、
世の広告企業や制作会社も、「とりあえず」で降ろしちゃってるだけなんじゃないかなあ。
少なくとも、視聴者はもう、そのネタに飽きつつある。
飽きる、という表現すら適切ではない気がするんだけどなあ。
好きになっちゃうもんはどうしようもないのだし、
私だって一応、芸能人なのだから、何の口出しもできない気がするよ。
誰かが意見することすら、意味を持たないニュースだということに、いい加減気づかないとな。

そんなことを書いていたら、元プロ野球選手が、覚せい剤所持で捕まった。
子供のころのヒーローなのでただただショックである。
クスリで捕まる一流芸能人はジャンルを問わず過去にたくさんいたけれど、
復帰して立派にやっている方もいれば、いまだにイメージを払しょくできぬままくすぶっているひともいる。
復活できるかは、本人が本人のなかで「生き直す」ことができるかだと思う。
それまでの自分は、死んだというか、殺してしまって、新しい自分として生き直せるか。
きょうニュースになったあの方は、そうできるひとだと信じたいけどなあ。
長渕剛だって、復活したんだからさ。


過ちって、なんなんだろうね。
取り返しのつかないもの、ろくでもないもの、
どうでもいいもの、かわいいもの、なつかしいもの、
それぞれある、私にも、あなたにもある過ち。
絶対過ちを犯さないでいままで生きてこれたひとなんて、そうそういないはずで、
過ちがなかったら、いまをちゃんと生きていけなかったかもしれない。

生まれてから死ぬまでの、たくさんの過ちの集合体、それこそが、
日々膨張していく今という世界を構成する過去なんでしょうね。
過去と、過ち。同じ漢字を使ってるのも、きっと意味があるんです。

では、また。
世の中のニュースのあれこれは、たいていは過ちにまつわる何かです。



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【やっと、やっと、今年初映画】




♪償い/さだまさし
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