ON AIR#3151 “A Thousand Times Good Night(2013)”

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『おやすみなさいを言いたくて』

いい映画を観ると、すぐいままで観たものを忘れて、「これが今年一番!」と言いたくなるものだが、今回もそんな気持ち。
辛い映画なんだけどね、観るべき映画なんじゃないかなって思います。

糸井重里さんの「ほぼ日」でも書かれてたけど、いまはカメラマンの時代なんだって。
スマホの普及で「カメラ」というツールが溢れかえっているからこそ、本物の「写真」の価値が見直されていく時代だと。

思えば海外の写真家たちは(勝手なイメージだけれど)、失礼に思うくらい積極的に前進して撮影に臨んでいる。
先の震災でも、遺体の写真を挙げていたのは日本ではなく海外の写真家たちだった。
表現規制の違いはあるだろうし、日本人カメラマンにもそうした姿勢を持つひとはきっといるだろうけれど、遺体という具体的かつ決定的な「被害」の最高形体を映し出さなければ意味がないと考えているのは、海外のカメラマンなんじゃないだろうか。

それに、先に述べたとおり、スマホのおかで、すべてのひとがカメラマンになれるような社会だ。
被災の当事者たちが映しだした映像や写真におけるリアリティを越える何かが、やっぱり必要な状況にまで来ているのかも。

そういう現代のなかで、戦争と向き合ったら、カメラマンは、その家族はどうなるか、というのがこの作品の首題でもある。
映画の中で使われている、紛争地域の報道写真は、もちろん作りものなんだろうけど、乗っけからもう圧倒されて、目を奪われる。
映し出すことの責任の重さってこれほどまでなのかって。被写体がどんどん軽くなっている時代のなかで、これは本当に衝撃的なオープニングで。

主演のジュリエット・ビノシュが、またいいんですね。
娘と会話するシーンで、笑顔のまま、一筋だけ涙をスッと流すんですよ。
鳥肌が立ちましたね、その作りこみと、作りこみを余すことなく演技に昇華できる技術みたいなものに。

ラストシーンにも、問題は何ら解決していない、という作り手たちの怒りがある。
主人公の家族の出した最後の決断には、こうすることでしか、彼女の情熱を支えることはできないということなんだろう。

なんともやるせなく、観終わったあと、ちっとも清々しい気持ちにはなれなかったのだけど、家族愛の形は、とても柔軟で、どんなものにも適応できるんだと教えてくれた映画でもあった。そういう意味では、家族映画の傑作なんじゃないかなあ。

一見の価値ありです。

では、また。



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