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ON AIR#338 ~重松清 「小さき者へ」~

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小さき者へ(新潮文庫)

職業も構成も違うそれぞれの家族が、日常の中で思い悩み前へ進もうとする様を描いた全六編の短編集。

ようやく20歳になったばかりの若造が生意気な、と思うかもしれないが、何かと、昔のことを思い出すことが多くなった。赤ちゃんの頃から、ちょっと前の受験期の頃まで。
赤ちゃん時代はホームビデオを、小学生は当時のテスト、中学は部活動の道具、高校生はプリント、浪人は日記を頼りに、いろいろと、当時何を思っていたのか、今の目線で、あの頃の自分を見つめてみる。そして、あの時自分は何を感じていたのかを、考えてみる。

重松清の作品には、そういう、「過去をかえりみる」作品が多いが、本作「小さき者へ」は特にそういう意識が強い短編集である。

例えば「海まで」という作品は、二人の対照的な息子を連れて故郷に帰ってきた息子の、くにの母親との思い出がときどき描かれる。それは多少の美化はあるのかもしれないが一貫して母を肯定する意味合いでの表現が多く、だからこそ自分が父親になってからその母を見るときに、昔と今の摩擦が主人公を痛める。

「フイッチのイッチ」では、主人公は小学生であるが、両親は離婚している。小学生である彼にも、両親が離婚していなかった時代(もっとも、自分の物心つく前の話なのだが)を思い出そうとしている。母親にどうして離婚したのかそれとなく訊く場面もある。今までとは違う未来を求めようとして、子供だってもがく。

そんな子供を温かい目で見守ろうとしている主人公を描いたのが「三月行進曲」だ。あと一ヶ月で中学生になる、いろんな事情を抱えた三人の小学生、そんな彼らのリトルリーグの監督だった主人公が、甲子園のセンバツの開会式を見せに大阪へ向かう。その途中で彼は、自分が彼らのような年の時代を思い出して、一人娘を背負う今を考える。

「青あざのトナカイ」は比較的最近の過去を見つめている。でも最近だからこそ、哀しくなったり苦しくなったりすることだってある。「こんなはずじゃなかったのに……」と嘆く人はどこにでもいるはずだ。でも、だから、負けを受け入れてまたスタートしようとあがく姿は、やるせないけれど応援したくなるし、つい自分を重ねてしまう。

そして表題作は、ビートルズに熱くなっていたころの自分の心を忘れていた自分を恥じている、告白的な手紙がそのまま作品となっている独特な構成の作品だ。自分だって14歳の頃があったんだと呼びかけ、同時に思い出し、もう一度自分の息子と分かり合おうとする父親の姿が印象的だ。

ほとんどの作品を通して、過去を見つめ、その上でもう一度その自分を認めて歩きだしていくその「一歩目」が、とても力強い。現実は何も変わらなくても、それを変えていこうとする気持ちの流れの中での「一歩目」が、自分の足取りと重なって応援したくなってしまう……。

本作の中では、「団旗はためくもとに」という作品が個人的に一番のお気に入りになっている。主人公は自分と年齢が近く、「後悔」を一番のテーマに描いていながらも、「応援することの意味」を問う感動的な内容である。主人公は全六篇の中で唯一の女性、しかも過去をあまり振り返らず、前だけを見つめているという、本作の中では異色のスタイルを持つ主人公だが、代わりに、彼女の父親が切なく、本当にいい役回りをしている。本当に、涙が止まらない傑作だった。

「小さき者へ」という作品は、そんな、読む人が応援したくなる、そして応援される、小さき者たちが出てくる作品なのである。
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