ON AIR#3094 “fantasia”

この日も、『映像都市(チネチッタ)』の稽古へ。
もう残すところ数回で、ベタ稽古に入ってしまう。なかなか私の出演パートは(巡業やっていた自分も含め)全員が揃わないのだが、もっともっと自主練のあいだに詰めていきたいところだ。
道脇さんや、重松さんの演技には、圧倒という言葉を超えて、ただただ見入るしかない。役に成りきって、役に入り込んで、自意識を捨てて、そのひとを生きるという難しい作業を、いとも簡単にやってしまう。そして見ていて飽きないし、面白いのだ。
盗むっていうのは、簡単にはできないことなんだけど、センスというか、もっと磨いていかなきゃいけないんだなあと思う。

『映像都市(チネチッタ)』の物語は、文字通り、映画のある人生がテーマになっている。
自分の心の支えだったものが、映画だった少年、青年、男性の物語だ。
自分自身、映画が好きでこの世界に入ってきたのだが、正直この『映像都市』の主人公ほどに映画を愛せているかは疑問だ。もちろん、そのレベルに向けてもっと役を近付けていかなくてはいけないのだけど、ほとばしる映画愛というものに、私はどこまでも飲み込まれ、その勢いに流されてしまう。

映画の面白さってなんだろう? と改めて考えると、なかなか答えが出てこない。
私はなぜそれほど映画の虜になるのか。
それをうまく言葉で説明できるようなら、私はヤクシャなんて続けていないかもしれない。

批評家をうならせる素晴しい映画というのは毎年出てくる。
最近ではイーストウッドの『アメリカン・スナイパー』が話題になっている。
昨年は同じくイーストウッドの『ジャージー・ボーイズ』が多くの映画批評家たちの星を集めた。キネマ旬報ではもちろんトップに君臨したし、おそらく『アメリカン・スナイパー』も、来年同じ位置にはいきそうである。
でも、批評家ではなく、普通に生きて普通な人生を生き、そのなかで映画を好きでいる私たち――そんなひとの心を本当に打つ映画っていうのはどこにあるのだろう。
そうなると、なかなか見つからない。イイな、上手いなと思える映画が欲しいんじゃなくて、そんなことを忘れて愛せる作品というのは……。

『映像都市(チネチッタ)』の稽古をやっていて思う。ヤクシャであることをいったん忘れ、普通の価値観で、ただの映画ファンになって映画を観よう、と。
なぜなら『映像都市(チネチッタ)』それ自体が、舞台ということを忘れ、本当の意味で心を打つ科白や場面がたくさんあるからだ。一瞬ヤクシャであることを忘れ、映画のような物語を楽しんでいる自分に気づく。

それほどまでに、好きな作品である。
ヤクシャとしての意識じゃなく、映像都市に迷い込んだ住人として、やってみたい。

では、また。



【共演者の野上元気と】


『映像都市(チネチッタ)』のチケット御予約は、下記URLからできます。
http://ticket.corich.jp/apply/63114/023/

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