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ON AIR#300 ~重松清 「流星ワゴン」~

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流星ワゴン

流星ワゴン(講談社文庫)

重松清の作品には親子、特に父親と子の作品が多い。この「流星ワゴン」もその一つ。

しかし、本書が他の重松作品と違うのは、同じ家族の物語でも、ワゴンに乗って過去に行って「やり直し」を図ろうとするという、日常世界の枠の中で現代的な家族の問題に触れていく他作品にはない非現実性にある。しかしいざ開いて読み進めると、まんま重松清の世界に導かれていく。

主人公は妻と息子との家族関係が崩壊した男。彼の父親は、自分と険悪な仲のまま癌に侵され、死は時間の問題という状況。希望も何もなく、「死んでもいい」と思ったときにそのワゴンは現れる。

あまり語りすぎるとせっかくのいい物語が僕の稚拙な文章によって歪んでしまうので(じゃぁこの記事自体書くなっていう人もいるだろうケド、そこは笑って許して)、その先は割愛するが、現実を変えようともがく主人公の姿がやるせない。どうしようもなくて、過去の世界の妻を抱いて、まだ希望を見ていた息子と会話する……胸を締める感覚に何度も襲われる。

このなんとも言えない胸そのものをぎゅっと締めつけるような感じは、自分自身が生活する中で感じている圧迫感とも似ている。矛盾、怒り、悲しみ、むなしさ、寂しさ……それほど、重松清の文章が現実の世界を絶妙な切り口で言葉にしている、ということなのだろう。

さらに付け加えると、彼の作品の本当の魅力は「ストーリー=筋書き」ではなく、「物語=テリング」にあると僕は思う。事実や風景を詩的に描写するとか、筋書きを絶妙な構成で一気に読者の頁を繰るスピードをアップさせる作家はいても、ここまで読む人に、書かれている文章を「聴いている」気分にさせてくれる作家は少ない。日常の中でふと感じる、無意識に近い気持ち、誰もがどこかで感じていた現実に対する失望感、それらが完璧に近い形で心に染み入っていく地の文に、僕は常に、脱帽してしまうのだ。いや、脱帽では物足りない。全裸で受け止めたいくらいなのである。

重松清は、作家というより、話者に近い。まさに物を「作る」ではなく、「語る」ことのできる数少ない人である。
そして僕はこれからもずっと、彼の言葉を聴くリスナーでありたいと願う。
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