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Radio Wavelog -Contact Of Personality-

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ON AIR#2682 “HAPPY END”

フリートーク
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こんばんは。

東日本大震災から丸三年が経った。
東北を初め、多くの都県で被災者が出たあの出来事。
いまも何万人のひとが、家や故郷を失くしている現実。

幸い何事もなかった私たちに、改めてできることはなんなのかと、この時期になると考える。
いや、本当はいつだって考えなくちゃいけないことだが、何事も一足飛びにはいかないので、いまやっていることが何かの役に立つようにやっていくしかない。

たとえば巡業で東日本を回るとき。
観てくれる生徒たちのなかには、もしかしたら震災で人生を変えられた子供がいるのかもしれない。
おこがましいかもしれないけれど、私はそんな子供に、自分のお芝居が少しでもいい影響を与えられないものだろうかと願う。

江戸村で働いている人の中には家が津波に流されてしまった役者さんもいる。
私の友達は、東京で同僚を亡くし自暴自棄になった。

忘れてはならないのは、どこに生きていても、無関係ではないという事実だ。

誰もがいま、震災後の日本のなかを生きている。
政治は変わり、復興への道のりも、やがて変化していくのだろう。
でも、私たちが無関係を装って生きてしまったら、何の意味もないのではないか?
チェルノブイリや東海村の事故の経験は何も活かされることなく、福島第一原発の事故を迎えた。
それはすべて、風化であり、ひとびとの忘却、無関心が産んだことだ。

流れゆく社会に、取り残されてはいけないのだと、いま改めて感じる。
環境問題、原発問題、外交問題……。すべては未来に必ずつながるからだ。
フィリピンを襲った台風はもう忘れていないか?
パラリンピックに出場したウクライナの選手の沈黙の抗議をどうとらえるか?
そういうひとつひとつのことを、知ろうとすることからでしか、何も始められないのではないか。

残念ながら我々は政治家でも革命家でもない。
でも、ならば一歩ずつ復興へ向かい歩きだす旅人でありたい。
武器も持たず、勇気だけを持ち、うごめき続ける社会の中を生きて生きて生き抜くしかない。

では、また。





岡林信康で、『私たちの望むものは』。
映画『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』っていう映画でもカバーされて使用されている。
(まぁ、映画は個人的にはアレだったけど……)
はっぴいえんどがバックバンドをやっている貴重な映像らしいです。
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