ON AIR#2743 SAVE Philippines!!

テレビを見てると、おととしの震災を思い出すような惨状に心が痛む。
台風の被害は日本でも伊豆大島で大きなものがあったので、決して他人事ではない。
震災でも、かつての災害のときにも何度も思ってきたけれど、何かできることはないだろうか。

東日本大震災のとき、プロ、アマ問わず、興行収益を被災地に送ったりしていたのを思い出す。
さまざまな団体が、チャリティー公演をやっていたはずだ。

自分の劇団でも、公演があったときに募金活動を劇場でやっていた。
国は違えど、今回の場合だってやっていいんじゃないだろうか。被害は、日本の津波による被害と同規模になりつつあるし、日本みたいな先進国と違って、決して自力でなんとかできるわけでもないだろう。
ダメ元で提案してみようかと考えている。

昨日寝る前になんとなくTwitterを覗いていたら、
「今回の大型台風がフィリピンではなく韓国で起きたら、果たして同じような心配をするだろうか。日本の震災のような地震が韓国で起きたらどうにかしてあげたい! という気持ちは生まれるだろうか」
というような内容のツイートを読んだ。
日韓の関係がこの数年で一気に悪くなって(といっても正確に言えばここ数年ではなく10年以上前からだけど)、反日デモは日常沙汰のように行われているし、こっちでも嫌韓感情を煽る週刊誌も出回り、実際に韓国を非難する内容のツイートやブログ記事も日常的に見るのだけど、もし実際に、本当に、このような被害が韓国で(あるいは中国、北朝鮮で)起きたら、事態はかなり違っていたんじゃないかなと思っている。むしろ「いい気味だ」とかいう心無いツイートもきっと目にするのだろう。

きれいごとかもしれないが、いや、きれいごととは十分承知で、「困ったときはお互いさま」という日本の昔からの言葉をいまこそ思い出せないものだろうかと考えてしまう。
フィリピンだろうが北朝鮮だろうがなんだろうが、いざというときに手を差し伸べることをやめる理由はどこにもないと信じたい。
昔から韓流ドラマが大好きで、いまでも時間を見つけて韓国旅行に行ったりしている母親のように、
かつて私が日光江戸村で仕事をしていたとき、家族でやってきて心から楽しんでくれていた韓国人旅行者のように、
過去や歴史が作り上げてきた障壁が、ときに壊される瞬間があることを、信じていこうと思っている。

私はときにマスメディアやインターネットで交わされるヘイトスピーチまがいの論争がうっとうしく感じることがある。少しでも気に入らないことがあれば全力で非をあげつらう、せせこましい日本人の体質が、どうも昔から苦手で息苦しく、出て行きたいときがある。

自分にはできることは少ないが、せっかくならマジョリティとは違う価値観で生きようと思っている。
もともと「役者として生きよう」と思いついた時点で、人生の半分以上を踏み間違えたのだから、どんなに間違っていてもいいから、多くのひとが考えるようなこととは別の考え方ができないか常々考えている。

すべてはなんとかしてフィリピンで苦しむひとを救えたらいいなという思いだ。
募金の窓口をまず探そう。まずはそこから。

昔当たり前にできていたことを、いま、やるだけ。
がんばろう、フィリピン。
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