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ON AIR#2586 Actors Studio

『アクターズ・スタジオ・インタビュー』っちゅう番組をご存知の方はいるだろうか。
ジェームズ・リプトンっちゅう、あんまり笑わないおじさんが、著名な俳優さんにインタビューする番組だ。

その『アクターズ・スタジオ・インタビュー』で、『128時間』で有名なジェームズ・フランコが出ているのをつい先日視ていて思ったんだけど。
講演の内容を、必死にノートにとってる人いるじゃないすか。
あれ、意味あんのかなーって思うのよ。
意識が高いのは結構なことだけど、でも、ノートとっているとそれだけで注意力や集中力が削がれて、いま自分が書いている事柄より大事なことを、憧れの俳優が言っている瞬間を逃したりはしないだろうか。
もし、講演の内容からテストで出題されますというのなら、録音してあとで聞けばいいし、そうでないなら、もう最初から聴くことだけに集中してればいいのに、と思ってしまう。テレビで放送されることだってあるんだから。

大事なことや琴線に触れたことは、自然と心に残るし、そうでないものは自然に忘れていく。
そうして残ったものこそ、本当に自分の信念に肉付けされっていく。
ノートにとって後付で覚えたことは、単なる義務でしかない。テストは乗り切れても、自分の生き方は作らない。

自分も最近、部屋の掃除で、大学時代にとってたノートやプリント類をたくさん捨てたけど、心が痛むことはなかった。
先生の映画論は耳に入らなかったけど、そのとき授業で観た映画の感動的なところとかはいまでも胸にあるし、そのときに思っていた雑多なこととかまでも、覚えていたりする。たとえば「うちの学食はなんでああも美味しくないのかなぁ」「映画学科に行きたいなぁ」とか、「エッチしてぇなあ」とか。

ああ、もうちょっとまともなことを考えていればよかった。
とも思うけど、思っていたことは、後々の自分にとってはとてもためになることだった。
自炊すればいいし、目標に向け努力はできたし、誰でもいいというわけにもいかないと学んだ。
やり場のない気持ちに答えが出ることもある。

とにかく、授業ではないんだから、ああいう誰かの講演みたいなものにノートは必要ないと思う。
何も書かなくていいのだ。
だって、何もない自分に何かを託すファースト・ステップなわけでしょう?
なんかの映画で有名な科白がある。
「人間の未来はまだ白紙というコトさ!」ってね。
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