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Radio Wavelog -Contact Of Personality-

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ON AIR#2576 I'm not anywhere.

舞台
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初めてナレーションの仕事をさせてもらった。
そんなに大したものではないかもしれないんだけども、某文化施設の映像で私のヴォイスが流れるようだ。
二年後に。
だいぶ先だなあ。

残念だったのは、途中、
「おまえいい声してんのに滑舌悪すぎ」
と言われてしまったことだ。
間違えないうちはすいすいナレートできるのだが、一度間違えると、「間違えないようにしなきゃ」という意識から思うように言葉が回らず、余計につっかえてしまう。

役者をやっていてると、演じているとき、
科白をちゃんと言う、なおかつ噛まないようにするという、役者の基本みたいなものを意識し、
また、演出家や座長につけられた動き、科白の言い方をひとつひとつ処理していく。
もっと言えば、公演の合間合間に共演者にああしてよこうしてよと言われたことを守り、
いま、自分がお客さんにどう見えているか、笑ってくれるだろうか、泣いてくれるだろうか、なんてことも求める。
もちろん演じている最中は最後まで演じ終えなきゃいけないので常に集中が求められるし、
体力も必要だから、演じ終えるとそれなりに疲れはするのだけど、
実はもっと違うことに、どんどん疲弊していくことがある。
意識の塊が常に自分の中にとどまり、
そのうち身体の隅々まで支配していき、そこから逃れられないのだ。

だが、ふとした瞬間に「自分が自分でなくなる」感覚がある。
「自分」が、消滅して、演じる役柄そのひとが、舞台の上に立っている。
間違っているか、間違ってないかの判別もつかないうえ、
そのうえ科白は魔法がかけられたかのごとくつっかえない。
ハイになるというわけではないのだが、集中を通り越したとき、
それはまるで麻薬かなんかをやったかのような気持ちよさが後に残る。

だが、その高みに達するには、なみなみならぬ稽古量、集中力がないとできないことだ。
しかもそれは、主に舞台をやっている者でなければなかなか出会えない。
映画やテレビでは、常に渡された台本を読み込んで、短い期間で瞬発力が求められるし、
特に今日みたいなナレーションのシゴトでは、渡された三分後にはナレーションの本番がスタートしていたりする。

自分は声優でもなければ目指したこともなかったので、本当のことはわからないけれど、
声の仕事はものすごいプロでなければやっていくことができない気がするよ。
もし私の今日の仕事ぶりを見たら誰だってあきれ果ててしまうだろう。
もちろん、全部やりきったけれど、自信があるかと訊かれれば答えに迷う。それくらい、ふがいなかった。

演出家に滑舌を言われたとき、
「自分に自信がないから間違えるんだよ」
とも言われたのを妙に覚えていて、確かにそうだなと心から思うのだ。
磨いて磨いて、「自分はイケる」と確信できるくらい、努力しないと、
ナレーションのプロにはなれない。

まぁ、でもそれはどの仕事でも同じだろうけど。

ちなみに、さきほど話した、「自分がいなくなる」瞬間、
学生時代には幾度かあったが、ストレイドッグに入団してからは、一度たりともでくわしていない。
ちょっとしか科白がないのに、盛大につっかえてしまう。
自分が意識に縛られっぱなしだからだろうな。

昔から、萎縮した途端、何も言えなくなり、突如どもりがとまらなくなるようなヤツだった。
よく、役者になろうだなんて思ったものである。

昨年の巡業中も、共演者にいろいろ言われたくないと思うがあまり、
余計に動きがかたくなり、失敗し、科白をとちった。
言われれば言われるほど、意識して萎縮して、同じ場面でミスを何度も何度も繰り返した。
そのたび、共演者にダメ出しをもらう。
終ったあとのハイエースの中が苦痛で仕方なかったこともある。

曲がりなりにもカネをもらって演技をするプロとして、
あまりの情けなさに、夜中宿泊先の部屋で一人うなったり吼えたり、
メールできたひとには当たったり、弱音を吐いたり、
あげく、「どうせ俺なんてバイトしなきゃ食ってけないアマチュアだよ」と、心の中で開き直ってる瞬間もあった。

最低だった。
役者である以上に、人としてやってはいけないことばかりしていたのだ。

もう数週間もしないうちに、三学期の仕事が始まるのだが、
すこし間が空いたので、ちゃんと準備をして臨めればいいなと思っている。
演じているとき、ミスとか何かあっても、くじけないようにしたい。できれば。

何より、自分がダメ出しをもらわず、良く見せようとかではない。
本当はそんなこと、関係なくて、
子供たちに、何を見せるか、伝えるかなのだ。それだけなのだ。
克服できるかは分からないが、
反省があるなら、きっと大丈夫だとは思っている。
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