ON AIR#2554 talk to her(2002)

寒いのに加えて頭痛。
昨日は普段より早く眠りにつけた。
だが、私の場合、八時間とか健康的に寝ちゃうと睡眠過多で頭痛が起きるようだ。
朝起きてから一日中具合が悪くて、気力が起きない。
やんなっちゃうなーもう。


さてこれから映画の感想を書くのですが、
僕の感想は、最近ネタバレ普通にしますんでどうかお許しを。

でも映画っていうのは不思議な力があって、ネタバレしてたとしてもちゃんと観ないとわからないと思うんですわ。
いくら、
「ブルース・ウィリスが自分の命を犠牲にしてまで隕石の衝突から地球を救ったんだよ!」
って言われたって、実際に『アルマゲドン』を観て、エアロスミスの名曲を聴かなきゃ、
ストーリーだって魅力だってわからないものでしょ。
結末知ってても何度も観たくなる映画も充分多いわけで、その点では映画っていくらでも語り合える娯楽なんだと思います。

これがプロレスの特番の試合結果だったら話が違ってくるけどね。
特に私の好きなWWEではこれからロイヤルランブル、
四月にはレッスルマニアが控えているので、できる限りのネタバレは避けたい。

話がそれた。

では。

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『トーク・トゥ・ハー』という映画を観た。
女優レオノール・ワトリングがめちゃくちゃ魅惑的に撮られているんで、非常にどきどきいたしました。

よくある難解な映画かなと、最初は身構えていたけど、観ていくうちに、主人公ペベニグノの無償の愛というか、女性を真剣に愛することで、主人公の男二人が友情を超えた絆を得ていくことに共感が持てた。

しかしながら男という生物の中にはたまにベニグノのように「バカじゃないの!?」というほど一途に女を愛してしまうヤツがいるんですよね。

まずベニグノは、人生の大半、思春期でさえ、母親の介助に犠牲にさせられ、初めて好きになった女性が、向かいのバレエ教室の美しい女性・アリシアでした。
アプローチの仕方はとてもうまいなんて言えたものではなく、ストーカーまがいのことをやってしまうわけです。
彼女の住むメンタルクリニックの自宅から髪留めをつい盗んじゃって、その矢先にアリシアにばったり出くわし、いぶかしげな目線を送られる。
髪留めを盗んだことはバレなかったけど、不幸なことにそれがアリシアが事故で昏睡する前の最後の元気な姿だった。
すると彼は、母親への献身的な介護をしてきたことを生かし、昏睡状態に陥ったアリシアの看護をするのです。
幸いアリシアの家族にも怪しまれることはほとんどなく、しかも同性愛者だと嘘をついて病院内では悠々とアリシアの体に触って介護を続ける。
一日だけまともな会話ができたあの日。
元気だった頃に彼女が好きだと話していた趣味。それを彼は引き受け、サイレント映画を観たり、バレエの公演を観ては、その日あったことをこと細かに、目覚めることのないアリシアに語りかけ続ける。
そんな生活をもう四年も続けているとあっては、ストーカーなのか真の愛なのかがぼやけてしまいますね。

いっぽうでもうひとりの主人公マルコも(どちらかといえば彼が重要なストーリー・テラーであります)、前の恋人を完全に忘れるまで実に10年を要し、せっかく新しい恋人、女性闘牛士のリディアにめぐりあえたと思ったら、闘牛の試合中の事故が起き、加えて昏睡状態に陥った恋人リディアが、マルコではなく自分の元彼であるハンサム闘牛士とヨリを戻そうとしていた事実に気づいてから、記者の仕事を半ば投げ出してヨルダンに旅立ってしまうという、ある意味半端ない行動力の持ち主でありながら、恋愛に対してはことコンプレックスに悩まされている男でありまして。

まっすぐな愛情が時として間違った方向に行ってしまう、愚かな一面もあって、それがなんとも危うい。
諸刃の感情で突き進んで何もかも壊してしまうという男は、たぶんどこにでもいる。

それをなんとか理性でカバーし続けられたのがマルコで、残念ながらカバーできなかったのがベニグノだったのでしょう。
ベニグノはその人生を、家族の世話につぶされてきました。そういう意味ではとても不幸で、まともな恋愛ができないのも、無理はなかったのかもしれません。
やがて「性」というものの前に屈折した感情を持ち続けた彼はついにある日、ある過ちを犯します――。

マルコにはその分、恋愛に関しては極端とはいえども、一般的な職に一般的な価値観を持って生きてこられた分、リディアの昏睡を、悲しみながらも受け入れ、リディアの元彼の登場を機に、リディアから遠ざかっていきます。眠っているリディアに話しかけるということは、ついにしないままだったのです。

その結果が、クライマックスにどうなるかをぜんぶ説明するのは骨が折れるのでここまでにしておきますが、
悲劇でありながら、奇跡が起こる希望の物語になっていたことに私はまず心が洗われました。
ベニグノの行動が、正しいことだったとは言い切れない部分もありますが、
彼の祈りと過ちは、最後に一度だけ、奇跡という赦しとなって現れたのかもしれません。

もしマルコが、ベニグノほど極端ではなくとも、信じることをやめなかったら、愛することをやめなかったら。
もうちょっと違った結末が、彼にも訪れていたかもしれない。
そう考えると、胸が締め付けられます。

恋愛の仕方は実に多種多様、十人十色。
なかには恋愛や性に対して少なからずコンプレックスを抱えている人もいると思います。
でも、絶望的な出来事っていうのは、恋愛に関しては簡単に起こり得ることなんですよね。
それでなくても、やるせないことというのはたくさん経験しなければ強くなれないのが恋愛であります。
僕自身、コンプレックスを抱えていた時期がありました。
なかなかそういうことを言い出せないままでしたし。
今でも、日常生活に支障をきたすほとどとはいかずとも、心がじくじくと膿んでいるような感覚はいまでも起こります。
イライラしてふさぎ込んで悲しみにくれることは、誰にでもあるはず。

この映画は、ベニグノとマルコに起きた悲劇を通して、
人を愛すること、求めることとは何なのか、自分をささげることは、どういうことなのかを、
ちょっといびつな形で見せてくれます。
心に潜む闇といってはくさすぎるかもしれませんが、
そのなかでどう自分であり続けようとするか、その難しさを改めて教えてくれます。
それでも結局、愛はなんらかの形で、報われることがある。
そう信じるきっかけになるといいですね。

胸が痛む映画ではありますが、
たぶん男性にとっては共感しやすい作品なんじゃないでしょうか。
ベニグノとマルコは、
きっと男なら誰しもが持っている心の一部分なのだと思います。

よかったら是非。
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