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Radio Wavelog -Contact Of Personality-

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ON AIR#2242 EXTREMELY LOUD AND INCREDIBLY CLOSE

映画
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元気にさせる側は、元気すぎなければなりません。
過剰なまでに元気じゃなければ、元気は分けてあげられません。

これは、キャラメルボックスの加藤昌史さんが、
一年前の震災を受けて、自身のブログに書いていた言葉。

2011年の3月11日に起きた東日本大震災。
僕も東京の自宅であれだけ大きな地震を経験して、ただひたすら怖かった。
地震とはいえ、何が起きているのかわからず、怖くて外に出たのも覚えている。
それからの30分くらいは、部屋に戻れずに近くの広場(といってもマンションの前)で待機してた。
東京で強い地震があったけど、まぁ何事もなくてよかったと安心しきって部屋に戻り、
テレビをつけたら、それ以上の惨状を目の当たりにしたのだった。
そのあとのことは、みなさんもよくご存知のはず。
何もかもを覚えていて、何もかもを忘れられない。

今日は日曜だったので、
黙祷した以外は特に何もせず、ほとんど誰とも連絡をとらず、ひとりで過ごした。
ご飯を作って洗濯物を作って、掃除して、ちょっと出かけて、
そんな普通のことを、かみ締めていたかった。

こういうことはあまり話しちゃいけないのかもしれないけれど、
友達のひとりから、仕事の同僚を亡くしたと聞いたのは非常にショックだった。

津波が原因ではありません。
東京で、落ちてきた天井の下敷きになったのだと聞きました。
僕の友達は震災が原因で続けてきた仕事を辞めました。
ひとり確実に、震災によって人生を変えられたひとがいるのだと痛感したのです。

本当に、他人事ではない。
たまたま、僕じゃなかっただけ、あなたじゃなかっただけ。
僕に限って大丈夫、という無意識な自信は、絶対にありえない。

では、その、たまたま生きている僕に、この一年でできたことはあったのか。
四捨五入したら、何もできてないに等しい。
生活が厳しくて募金もできなかったし、
できてないことすら感じることができなかった。
一日、また一日と過ぎていくなかでやるべきことを忘れていき、
どうしても、自分のことばかり大事にしてしまったという反省はある。

でも、ひとつだけ誇れることがあるとしたら、
冒頭で挙げた、元気であること。
へこむこともそれなりにあったけど、
貧乏と闘いながらも、大好きな舞台や映画に関われて、楽しかった。
奇跡みたいな、嬉しい出来事もいっぱいあったんだよ。
四捨五入したら、元気すぎるくらい元気に生きてこられたと思う。

それは政治家たちの言う、うわべだけの「ニッポンを元気に」ではなく。
心の中から、全力で、健康な自分であれたかどうか。
それだけは誇っていいと思うし、自信もある。
自分のやっていることが、誰かの元気につながっていれば、こんな嬉しいことはない。

まだ、たった一年。
原発のこともあるし、まだまだやらなければいけないことはたくさんある。
具体的にそれが見つかるひとは素晴しいと思うし、
僕みたいに何をすべきかまだまだあいまいなひとも、これから。

とりあえず、元気で生きましょうよ。
元気でさえいれば、きっと届きますよ。


ありえない
ものすごく

たまたま時間が合った、
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観た。
知っているひとも多いけど、9月11日の話。
この日に、この映画を観ることができてよかった。
喪失から再生するなんて、カンタンなことじゃないけれどさ。
カンタンじゃないから、意味はあるんだ。
この映画の、トム・ハンクスみたいに生きたいなと思った。
この両親くらい、真剣にひとを愛してみたいと思った。
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