14 2010

ON AIR#1666 キヲクとイメージ

・感動した映画とか、舞台とかは、割と内容まで鮮明に覚えているんだけれど、感動したはずの小説(というか書籍全般)の内容は、ほとんどすぐ忘れてしまう。
僕が初めて真剣に好きになれた重松清さんの本ですら、だ。
なぜなんだろう? 映画とか、舞台とかは、スクリーンに映る映像、板の上で動く役者、すべてが具体性を持っていて、自分の目でとらえることができるけれど、小説は、字面から自分の脳がイメージしただけのものだから、すぐ消えてしまうもんなんだろうか?

そうなると結論としては、自分のイマジネーション能力はかなり乏しいということになる。
ここ最近まで、脚本を書くことより、「演技」という具体的なことをやりたくなっていったというのも、うなずけるくらい、実は文章というものに対するニガテ意識が、心のどっかであるのかもしれない。

小説より映画、舞台。
ラジオより、テレビ。
優劣はつけるべきではないけれど、本をあまり読みもしないで生きてきた自分は、ソレ相応に脳が老化していくんじゃないだろうかと思うと、ちょっと怖い。
だいたい、役者として成長したいんだったら本読めないと、どうしようもない。
台本読んで、自分なりのイメージで演じるわけだからね。

というわけで久しぶりに小説を買ってみた。
まだ読んでないけれど。
青春小説だ。
時期的にも、夏だし、読書感想文でも書くつもりで。


・ラジオを聴いていて、とある番組で、子供の運動会にビデオを持っていかない、という父親リスナーからの投稿があった。
カメラで追うより、自分の目で、我が子を心に焼きつけるほうが心に残るんだって。
もちろん記録としては残らず、寂しいことかもしれないけれど、心に焼きついたものに対する想いとか、そういうものが、記憶として、ずっとその後の人生を支えていくものだとしたら、或る意味それも正しいんかもね。

確かに、大学のつまんない授業の板書を、ノートにどんなに記したって覚えられなかったけれど、稽古で演出家に言われたことは、ノートに書かなくても、いつまでも心の抽斗から取り出せる。

使い捨てカメラで景色をとりまくった高校二年のヨーロッパ修学旅行だって、写真はたくさんあったはずなのに、何一つ行った実感がしてないし(ハードスケジュールだったというのもあるけどね)、逆にデジカメ持ってなくて全然写真に収めてないはずのトルコ旅行は、感動がすぐ胸の奥で光っている感覚がある。カッパドキアのホテルのベッドの感覚、朝っぱらに出歩いたホテルの裏、イスタンブールの夜景。べて、カタチにはならないけど、取り出せる。


・同じような気持ちで、小説も、自分のイメージしたことを記憶にとどめることができたらいいんだけどね。
そろそろ、新しく脚本書いてみようかしら。
イメージをいっぱいに膨らませて、やってみたいとも思う、今日この頃。
稽古も始まり、やらなくちゃいけないことがいっぱいで、パンクしそうだけど、そのほうが楽しくて、可能性も広がって、いいかも。


・またまたYouTubeから、動画をひっぱってきた。
全然関係ないのだが、浜田省吾さんの歌う、『イメージの詩』。
もともとは偉大なる吉田拓郎さんの曲だが、浜省が歌うと、まるでアメリカの曲をやっているかのような曲になる。
PVも、浜省と拓郎の共演で、かなり貴重なもんだと思う。
ちなみに桜井和寿さんの歌う『イメージの詩』もあった。これも桜井さんが楽しげに歌っていて、アレンジもジャジーで雰囲気もいいんだが、アレンジが大胆すぎて長い気もする。
個人的な好みだが、こういう曲はボブ・ディランのごとくさらーっと歌い流すくらいがいいんじゃないかと思う。

拓郎の原曲、浜省、そして桜井さんと、違いを楽しむのもありかもしれない。



スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

1 Trackbacks

Click to send a trackback(FC2 User)
この記事へのトラックバック
  •  オダギリジョー デジカメ 会見中止
  • 富士フイルム/メタバリアNEOのCMに堀北真希: テレビマニア 夏 富士写真フイルム/フジカラーデジカメプリント'0 5夏『お店のプリント寝て待て篇』 共演:長瀬智也、樹木希林 '05.夏 富士写真フイルム/フジカラーデジカメプリント'0 5夏『店長、故郷に帰る?...
  • 2010.09.20 (Mon) 14:29 | 熱海の捜査官 オダギリ ジョー 最新情報