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ON AIR#162 ~成人式~

フリートーク
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とまぁそんなわけで行って参りました、THE 成人式。

昨日はなんと夜中の2~3時くらいに起きてしまい、映画を一作鑑賞してから、朝飯。

とにもかくにも成人式ですから、日大の入学式、新歓コンパでお馴染みのスーツを着ました。

ズ、ズボン、はいらね~

びっくりですよ。

新歓コンパのときはまだベルトしてましたよ。
今回はベルト要らず。
冬の間にこんなに太ってしまったのですね。体重計乗りたくない。

10:00。
そろそろ行くか、ということで、父親の車に乗り会場へ向かいます。まぁ車で5分くらいのところです。


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会場が近くなって参りました。

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これが会場ですね。

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会場に着きました。すでに人がいっぱいです。

僕の街には中学が3つありまして、その僕の中学はその中でも一番人数の多い学校だったので、知ってる人は案外すぐに見つけました。
中学時代の悪友たちにも再会。やぁやぁと挨拶。成人式は、言わば中学校の同窓会みたいなもんなのですねぇ。

知り合いの男たちを見回してみましたが、あらららら、ずいぶんお変わりになりまして。僕みたいにハンサムになった人もいれば、スれちゃったやつもいます。みんなタバコをバカスカ吸ってはポイ捨てしてました。みんな変わるときは変わるもんですね。

特に女の子は凄いですね。お化粧のおかげかやっぱ綺麗になってましたね。面影こそあるものの、見分けのつかない子がほとんどです。こんな美人いたっけな、みたいな。中にはめっちゃセクシーな衣装を着てるやつもいましたわ。背中丸出しのね。びびった。

僕は中学の頃から、そんなに友達の輪が広い人ではなかったので、知ってる人はいても、話して挨拶するほどの人はほとんど居ませんでした。その代わり仲のいい人とは凄く仲がよくて、ってそんな人間でした。

ちなみに、所沢キャンパスに来てる同じ中学の男の子は来てませんでした。残念。

中学の頃に好きだった女の子にも逢い、嫌いにだったやつにも逢い、ちょいちょい話しながら、ついあの頃の郷愁に浸ってしまった。まぁいろいろありましたね、って思いながら。

11:00。
時間が来たということでホール内に入ります。中はこんな感じ。
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一通り話は聴いたのですが、
うちの街、市と町が合併するんですよね。
そんで、日本史で有名な塙保己一(なんで有名なのかは忘れた)が、うちの街の人になるとか言って、うちの街の議員さんとかが言ってました。

話によると、かの日本史で有名な渋沢栄一(なんで有名なのかは忘れた)は、僕の街のすぐ近くにある深谷市の出身なのですが、彼もまた、合併で深谷市民になったそうで。

関係ないですかそうですか。

話は進んで、中学校の先生たちのビデオレターを鑑賞。

学年主任の先生のビデオレターの途中で、画面が急に二人の少女が並んで立ってる映像に一瞬だけ切り替わったのがすごく怖かったです。

はい、次に新成人歓迎ビンゴゲーム開催。何やってんだか。
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司会の人が変にハイテンションでウザかった。でも、ボビー・オロゴンのまねはかなり似てて思わず笑ってしまいました。
ビンゴゲームですが、けっこう商品が豪華で。中にはアイポッド当たってる人居ましたね。


13:10。
そんなこんなでこのビンゴゲームが成人式のシメという稀に見る成人式を目の当たりにし、ホールから出ます。

ホールを出たあとの会場前はまたもや開式前の状態に。どやどや。

おなかも減ってきたし、けっこうずーっと同じところに突っ立ってるのもあれなので、友達を誘ってラーメン食べに行きました。

そうしてラーメン食べたあとは本屋に寄り、小説とマンガを買い、家に帰ります。時刻は15:00くらい。


え?成人式はこれでおしまい?
いえいえ違います。この後、セレモニーホールで同窓会があるのです。
なので夜までしばし待つことに。


しかしその間も僕は動かなければなりません。
父親の実家に行き、成人の挨拶をしなければならないのです。

車で父の実家へ。
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父の実家に着き、挨拶。父方の祖父と祖母に成人式の祝いの品を渡します。写真撮影もしました。
そのまま帰るわけにもいかず、コタツで祖父と祖母の話を延々きくことに。
自分は、人間性が最悪なのに、祖父母の長男の長男なので、過度の期待を寄せられてしまってるようです。まぁ、代々瓦屋のこの家の跡取り息子なわけです。
「これからは頻繁に家に来るんだよ、跡取りなんだからね」。何度もそう言われてしまいました。
「おまえは優しすぎる、もっと強くなれ」とも言われてしまいましたわ。え~……

しかしながら、長男である事実はどう頑張っても消せないので、成人した以上、食ってかなきゃならないんだなぁと実感。
しかもこうやって芸術を学んでいく以上、芸術で食うべきなわけでして。脚本家になるつもりなら半端な気持ちでは書けない。意地でも売れないと、だめだな、って思ったら、けっこう腹の奥が重くなった。

17時近くなったので、父の実家を離れます。

自宅に帰り、もう一度身だしなみを整えます。髪の毛もセットしました。
そういえば、琴欧州が初日で負けてしまいましたね。

18:00過ぎ。
うちの街のセレモニーホールに到着。
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中学の頃の友人たちに再び逢います。同窓会楽しみだなぁと思っていると、中学の頃の先生たちがやってきました。懐かしい顔ぶれ。
しかしながら、中学の担任の先生は来ませんでした。恩師なのに。風邪でダウンとは残念極まりない。

19:00の開会までの間、また友達とうろちょろうろちょろ。

成人式の同窓会、今回合併する町の中学も、このセレモニーホールで同窓会やってまして。というのも、高校のころのクラスメートからメールが来てて、同じところで同窓会やってるっていうのを知ってたのです。高校の頃の同級生とも逢えるチャンスだと思ったので違う部屋にわざわざ行きました。まぁ逢いましたよ。そんでうちの中学で同じクラスだった友達を呼んで、しばし再会の歓びを分かち合います。

実はそのメールくれた高校のクラスメートは、高校の頃の片想いの人でした。お恥ずかしいことに。同じホールで同窓会やっている中学校が自分のいる学校だったっていうことを知っててくれたのは、普通に嬉しいことですよね。

19:00になったので、同窓会が開始されます。
てんやわんやの大騒ぎになりました。
先生に酒注がれて飲まされたりね。同じ日大のメンツで集まって飲まされたりね。アルコールハラスメントですがな。

意外と自分を覚えてくれてる人がいて嬉しかったですね。久々に話す人もいたし、「覚えてる?」「覚えてるよ」の連続。現在の話、思い出話。それが半々で。
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酒はどんどん増え、大変でした。

21時になってお開き、解散。
二次会三次会に繰り出す人もいたようですが、自分は家に帰りました。

家に帰ったら一気に疲れが襲ってきて就寝。

で今に至る。
成人式を終えて。

本当にたくさんの人と会えてよかった。
昔は話せたのに、今は話しづらい人。
高校のときにやっと仲良くなった人。
嫌いだった人。
好きだった人。
そして、恋してた人。
中学の頃から歩んできたこの道を思い出す旅のような一日だった。

だから今、大切な人たちと逢えた嬉しさと、いろんなことを清算しなければならない寂しさが、今、絵の具のように混じって、変な心模様を、この今に写している。

成人式は、いわば中学の同窓会みたいなものだった。12歳のときに入ってから、足掛け8年、この街で暮らして、自分なりに生きる道を探して、今に至るわけだけれど、その8年の中で、同じ街の中学に生きたみんなが、みんな、違う生き方をしてる。

立派に就職して今も元気に働いてる凄いやつ、現役で大学合格して「大学つまんね~」って言ってるやつ。母親になったやつ。二浪したやつ。本当にいろんな人がいた。


みんな、変わってないんだね。
けれど、変わっちゃったんだね。
そしてこれからも、変わっていくんだろうね。


もちろん、この僕も。


十代にあった出来事、とりわけ中学以降に僕の身に起きたことや感じたことは、今までの僕の中では、たとえ、過去のものでも、すぐ隣にあるような思い出として残っていた。

けれど、今日、みんなに会って、話して、その思い出たちが、少しずつ、本当の「過去」のものになっていく感覚があった。「昨日」のことが、電車に乗って、どこか遠いところへ行ってしまうようで。
そして今日も、いつかは昔日になっていく。

そう思っていたら、妙に空しくて、友達と話したくなる一方、素直に向き合えなくて。ちょっと胸が苦しかった。心からの笑顔になれなかった。

今日参加した人の中には、もう一生、話すことのない人もいるだろう。
もう一生、逢わない人もいるだろう。
逢いたくても逢えなくなるであろう人もいるだろう。
お互いが気づくことなく、最期を迎えるかもしれないんだろう。

それでもめげることなく、一人でも、僕はこれからを生きていけるのだろうか。

分かってる、分かってるんだ、いつまでも同じじゃいられないと。
分かっているからこそ、今、切ないんじゃないか。

でも生きるんだ。
どうして、生きなきゃならないのか、それは分からない。

それでも今、こうしていられることが幸せだと、そう、思うことができるなら、生きようと思える。

一人は、独りじゃない。きっと。


風のように/小田和正

移りゆく時の流れのままに たヾ身を任せているだけなら
高い丘の上にのぼって 風に吹かれていたい

失うことを恐れることなく 輝いてた日々を今は忘れて
高く高く 信じるままに 秋の空のように

誇りある道を歩いてく どんな時も
やがていつか ひとりだけになってしまうとしても

こヽから先へはもう進めないと くじけそうになる時はいつでも
君のことを思い出して 歩き始める もういちど

そして僕は 君のために 何ができるかと考える
そして僕は 強くなるより やさしくなりたいと思う
やさしくなりたいと思う

あの風のように やわらかく 生きる君が
はじめて会った時から 誰れよりも好きだった

そこから逃げれば 夢はないだろう
振り返るのは 最後だけでいい
その時 Uh はじめて すべてを 語ればいいから

誇りある道を歩いてく どんな時も
やがていつか ひとりだけになってしまうとしても

あの風のように やわらかく 生きる君が
はじめて会った時から 誰れよりも 誰れより好きだった


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そして今も/小田和正

遠くの 景色を 眺めるようにして
過ぎてきた ときを ふり返れば

目にうかぶ ともたち 愚かな 日々
きらめく 笑顔と 涙と

そして きみの中に 僕は いるか
空は あの日のように たヾ 青いか
愛する ひとは そこに いるか

もういちど 生きて ゆくとしても
また 同じ 人生を たどるだろう

ぼくが こうして ぼくで ある限り
ぼくは きっと 自分を 生きるだろう

そして きみの中に 僕は いるか
空は あの日のように たヾ 青いか
愛する ひとは そこに いるか

何を 求めて こヽまで 来たのか
まだ 見えない 多分 これからも

たヾ ぼくは 何をすれば いいのか
少しだけ わかったかも 知れない

そして きみの中に 僕は いるか
空は あの日のように たヾ 青いか

ほんとうに きみを 愛せているか
あの日々は まだ かがやいて いるか
今も きみの中に ぼくは いるか


oda k

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2006/01/09 (Mon) 15:54 | EDIT | REPLY |   
のび太は受験生  
コメントありがとうございます

二次試験ですか。面接のことですか。そうですねぇ…

自分は放送学科を二回受けましたが、二回とも落ちてしまった人間(しかもその一回は一次とまり)でして、僕のアドバイスが本当に役に立つかどうか、それが何よりの不安なのですが、できる限りのことはしてあげたいので、答えることにします。

僕に限ったことかもしれませんが、放送学科の二次試験は、けっこういろいろなことを訊かれました。しかもねちっこいんですよね。
たとえば、僕の場合、「放送作家になりたい」と言ったら、「ここではあまり勉強できないよ、それでもいいの」って返される。
甘かった。半端な気持ちで放送を受験した現役時代の自分は、もう、それだけで我を失ってしまいましたね。まずは、放送学科で何をしたいか、そして卒業後、何をして行きたいかを明確に話せるようにしておくことが大切かと思われます。「たしかにこうかもしれないけど、日芸ではここがこうだから勉強したい。」って返せる気持ちが必要だと思います。

そして、面接票というものが配られます。たかが面接用紙と思って甘くみないほうがいいと思います。書くべきところはしっかり書くべきです。「印象に残った作品」の欄は、面接ではよく利用されます。放送学科、映画学科、文芸学科ともに、使われました。
「こういう作品好きなんだね」とか言われたり、「この作品はどういうものなの?」と訊かれたりします。
その際、しっかり魅力を答えられるようにしてください。これこれこうだから、自分にとってこうプラスになりました、と。
面接の先生との話をしやすくするために、有名作品を書くのは有効かと思います。放送なら、有名な番組、有名なドラマ。名脚本家の書いた作品。
その上で、自分オリジナルの好きな作品も明記しておくべきでしょう。有名作品はもちろん知ってるし、自分の世界を持ってるのは大切です。
もちろん、他ジャンルも少々書いても面白いかもしれません。

志望動機も、将来の目標も、しっかり書いてください。半端に書くのはマイナスです。理論と実践がしっかりしてること、他学科交流が盛んなことが魅力の大学です。
自分の将来の目標は、自分で語るのと同様、がっちり固めて書いていいと思います。狭くて、文字が入りきらないくらいのやる気でお願いします。

実践活動経験の有無の欄はもちろん有のほうがいいと思われます。高校のときに劇やりました、演奏しました、バンドやりました、映画作りました、などなど。もしない場合は背伸びしてウソ書かないでくださいね。

そう、背伸びをしないことも重要です。分からないところを無理に知ったかぶりして痛い目にあったのは身を持って知ってますので。

まずは自分が大学で何をやりたいか、将来どうしたいか、その明確なビジョンを持つ。不利なことをふられても、違うプラス面を言えるように…。まずはそれを。

あと、入学願書は絶対に早めに出してください!!!!!
早めに出すと、必然的に受験番号が小さい番号になり、面接のとき、長時間待たされることなく、健康な気分で面接にぶつかれますよ!

面接はもちろんのことですが、二次の作文も重要ですよね。小論文と違い、作文なので、与えられたテーマを元に、ドラマに近い形でエッセイを創作できるかが、求められてます。
同時に一次試験も大変ですよね。みんながみんな高得点とるから。その得点と二次のプラスで判断されるんだから一次もいい成績で行ったほうがいいに決まってます。

自分は放送学科に不合格の人間だったので、本当に正しいアドバイスではないと思います。けれど、一度目の受験よりも二度目の受験のほうが、自分の将来に対する夢、芸術にたいする想い、日芸に恋する気持ちは熱かったことは事実です。なにがなんでもここで勉強したい気持ちがありました。それをあなたにも持って頂きたいです。


僕の放送学科の友人が面接のアドバイスを書き込んでくれれば助かるんですけどね。誰かいませんかね?

2006/01/09 (Mon) 19:48 | EDIT | REPLY |   
黒猫  

なになに?放送学科の面接の話?

大体のびちゃんの書いてることと同じだよ。
でもそんなに重く考えないでいいよ。
要は自分が何やりたいかって事さ。受験勉強のやる気だってそこから来るでしょ?
やりたいことしっかり持ってそれをそのまま言えばいいだけ。
それが難しいんだけどね^^;

私は音響のこと勉強しに学校行きたかったから、「音で自分を表現したいんです」って言ったの。
そしたら「どうして音なの?」って聞かれた。
「ピアノとか吹奏楽とかの経験もあるし、高校でもラジオドラマの編集とかやってたし、音にすごく興味がある」って答えた。それだけよ。
あとは地元の話、しただけ(笑)
面接官にもよるかもね?

そうそう。分からないことはちゃんと分からないって言ったほうがいいです。
私も地元の話してて分からない事あったからちゃんと言ったよ。

とにかく自分の意思をちゃんと伝えること!これに限ります。
”伝えること”は放送学科にとって1番大事なことだよ。きっと(笑)

こんなもんでしょうか…?
アドバイスになってないかも。のびちゃんと大体同じだしね^^;

2006/01/09 (Mon) 23:58 | EDIT | REPLY |   

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