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Radio Wavelog -Contact Of Personality-

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ON AIR#1378 悟りにはほど遠く

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・今日はアルバイトだったんですけれども、学生祭がもうすぐってことで、学生らしいお客さんは来ませんでした。
去年まで、同じ学生だったというのに、いざその環境を離れてしまうと、学祭が近づいてるという実感が面白いくらいわかないモノなんですね。今日になってようやく、ああ学祭なんだと、感じました。
あと四日もすれば、一年で最も忙しいアルバイトの日がやってきます……。これをさっさと乗り切って、11月の公演に向けて頑張りたいものです。

・『晴れた日は巨大仏を見に』という本を、今日読み終わったんです。
文字通り、巨大仏を見る紀行本なんですが、そのレポートのトボけ方、考察の仕方がいちいち面白く、飽きずに読めました。
なにせ、生まれたところが本庄市な自分としては、高崎白衣大観音を紹介してる時点でこれは素晴らしいと思ってしまった。カッパピアも行ったことあるし。
バイパスから眺める大観音はなんだか言葉にできない面白さに満ちています。

で、この本の最後の方で、なぜか巨大仏とは関係ない太陽の塔なんかも紹介しちゃってるんですが、その中で、「懐かしい未来」という表現がありまして、この言葉を見たときに、なんとも言えないせつなさがあったわけです。

未来を懐かしむとか、子供のころに描いていた未来とか、そういうモノってまだありますか?

小学生のとき、一度か二度、友だち数人と一緒に高崎に遊びに行ったんですよ。
そのときに、高崎白衣大観音にも行ったんで、妙にそのときの記憶は残っておりまして。
あと、華蔵寺公園に行って帰れなくなりそうになってピヨったのもなんとなく覚えてる。
とにもかくにもすごく楽しかった。親も大人もいない世界で、自分たちだけで冒険してるような感覚で。

そのときに僕は、こういうことを、友だちとずっと続けていきたいなあと、子供心に思ったのでした。
あれから数年がたち、電車やバスも乗りこなせるような大人になり、小学校の同級生とは離れ離れになり、そういう淡い期待なんてのも、沸き起こる冒険心とかも、とっくのとうに消えうせてしまったわけですが、あのときの感覚の中には、いつまでも気の合う仲間と笑い合うという未来が含まれていたんだと思います。

考えてみれば、あのとき思い描いていた未来も、もう懐かしむべき対象なのかもしれません。

余談になりますが、そういえば、あの小学生の仲間の中に、僕の初恋の女の子もいたんですよね。
あの子、成人式でも見なかったんで、今なにやってんのかなあと、ふと思ってしまったのでした。

結論としては、オトコというのはどうしようもないことをいつまでも覚えてるものなんですってことなのですけど。
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