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ON AIR♯116 ~のびのびシネマライフ 黒澤明監督作品「羅生門」~

映画
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誰か、このブログを観てくれてる、僕の部活の方がいましたら、明日の朝から16時までに、僕に「書類!」と書いたメールをください。最近忘れ物がひどすぎて途方にくれています。切実です。

今日は、なんと映画を観にいく予定がありまして、近くの深谷、という街に出かけました。深谷シネマという、ひっそりとながら深谷市の行政でやっている、とっても雰囲気のいい小さな映画館がありまして。
ちなみに単館です。上映期間を過ぎた作品のリバイバルとクラシック映画の上映を中心に、大人でも1000円で観られ、パンフも売っている、まさに映画ファンなら誰もが微笑んでしまう場所であります。去年は予備校の帰りに親にナイショでよく通ってたものです。

さぁなぜ、そこに久々に僕が行ったのか、と言いますと、黒澤明監督の作品が500円で観られちゃうからなのです。しかも僕の通う大学の、日本映画史を担当している田島良一という先生が、わざわざ深谷で講義をしてくれるということで、これは行くしかない!ということで行ってまいりました。

羅生門

羅生門(1950)

原案は芥川龍之介の「藪の中」という作品に「羅生門」のエッセンスを入れたもの。
ちなみに僕が黒澤明監督の作品を鑑賞するのは、実はこれが初めて。ああ情けない。自分、小説も音楽もクラシックはあまり味わってない人間んですよ。この間のスマステーションで北野武が「黒澤映画を観てない人は最大の被害者」とまで言ってたから、今度からちゃんと観よう。
最近はクラシックを手を出してみようかって思う。小説も今大学で勉強してる井伏鱒二だけじゃなくて、芥川とか、梶井とかも。音楽だって、モーツァルトとかシューベルトとかメンデルスゾーンとか、そういうのを聴くんじゃなくても、50、60年代の曲たちを聴くのもいい勉強になるかもしれない。ビートルズだってあんまり聴きこんでないんだから。

話題がそれてきたので、作品の話に参りましょう。
大雨の羅生門から物語は始まる。僕の大好きな俳優、志村喬が演じるキコリ(?)が思い悩んでいる。
ある殺人事件が起きて、その事件に関わった人間たちの証言が互いに食い違い、キコリと坊さんが思い悩むというだけの作品なのですが……。
最初のシーンからもう、物語に引き込まれてしまっていた。普通の映画なら、まだまだ俯瞰で観られているのに。というのも、俳優たちの演技が、動きからセリフから、表情まで、ものすごく上手いわけ。雨で聴き取れなくても、そこがまたリアルさと恐ろしさを感じるんですよ。もう、黒澤さんの演出に心を掴まれた。そこから先はもうあっという間に88分が過ぎてしまう。無駄なシーンはまったくといっていいほどなく、カール・ルイスが疾走するかのごとく、物語はラストシーンまで走り抜けてしまうのです。

この作品、まずセリフが少ない。映画っていうのは、昔から映像で語らなければいけないものだった。文字が本当に必要なのは、脚本における絵作りが容易にできるト書きだけで、あとは必要最低限のセリフしか書かないという姿勢がいい。
セリフに頼らないで、俳優たちの演技だけで語ろうとしてるだけあって、本当に映像だけで全てがわかってしまう演出には脱帽する。殺人事件の関係者の証言はまさに映画らしく、キコリの証言のシーンはまさにリアルに、人間らしく見せている、それだけでも絵作りの凝りようが感じられて……うーん、なんというか、ホント、言葉では説明できないんですよ。言葉で全部説明できたら映画は必要ないわけで。それを見事に実行してみせた黒澤監督の手腕に、強烈なボディーブローを喰らった感じになるのです。

物語のテーマもこれまた秀逸です。登場人物が少ないセリフの中でぼそっとしゃべるだけなんですが、人間はみんな自分に都合のいいことしか言わないんだと。結局自分可愛さに嘘をつくことがあるんだと。人間なんて醜いんだと。たしか芥川が「人生は一行のボオドレエルにも若かない」とまで言ってたくらいですからね。芥川らしいといえば芥川らしいメッセージが込められてるんですよね。
しかし、ラストのシーンで、黒澤映画が黒澤映画であるということがしっかり感じられるんです。このシーンがあることで、この映画が、単なる小説の映画化作品でもなく、観客に推理させるエンターテイメント映画でもないことが分かるのです。つまりこの映画の全体は、黒澤が本当に観る人に伝えたかったラスト五分のためにあると僕は思うのです。


人間は人間を信じていくべきなのだろうか?
それは、この映画をこれから観る人たちの心に委ねられています。


とまぁこんな感じで語って参りました。
知ったかぶりで書いていますが、ほとんど、田島先生とスマステーションの受け売りです。本当に田島先生、ありがとうございました。


鑑賞後は、近くのレンガホールで、田島先生の講義を聴く。
かなりいろんなことを教えていただきました。数々の黒澤作品を通して、映画の魅力から、映画に求められること、映画を目指す人に求められていること。それに、黒澤監督に関連して、他のいろんな監督の話も聴かせていただきました。小津安二郎や溝口健二の作品の魅力とかね。
特に僕の大好きな本多猪四郎監督が、うちの大学の出身と聴いて、すごく嬉しい。あんな偉大な本多猪四郎監督と同じ大学にいられるなんて、自分、頑張って映画観てきたかいありましたよ。

質問の時間を頂きましたので、僕も質問しましたよ。恥ずかしながら、所沢校舎でよくお見かけするという話も交えながら。

黒澤明監督は、その完全主義者的な演出があまりにも有名ですが、シナリオ作家としての手腕はどうだったのか、ということを訊きました。できればどれくらいの時間をかけて作っていたのかも訊きたかったですが、緊張するほうなので訊くの忘れてしまいました。くそー。

やはり黒澤監督、シナリオには命をかけてたみたいです。腕も超一流だったそうで。やっぱり脚本がなければ映画はできないと。容易に絵がイメージできる脚本を書く力が他のライターよりもずば抜けて高かったみたいです。しかもそれだけの実力を持っていて、自分の力だけに頼ることはしなかった。他のライターと協力して、知恵を出し合って、最高のシナリオを作り上げていく。それが数々の名作に繋がったんだ、とおっしゃっていましたね。

田島先生、本当に映画が大好きな先生なようで、それが聴いていて伝わるんですよ。話すのがもともと好きで、上手い人でもあるんだろうけれど、話すとき、すごく楽しそうに話してるんですよね。単なるマニアじゃなく、人に伝える力のある先生だと思う。講義は一時間くらいに及びましたが、大学でよく受ける、「早く終わらないかな」って時計を気にする講義じゃなくて、「ああ、もうすぐ話終わっちゃうな」て時計を気にする講義だった。あんな気持ち、大学に入って初めて味わった。終わって欲しくなかった。できればもっともっと話して欲しかったです。来年は受けよう、日映史。

「羅生門」の脚本を担当したのは、黒澤監督本人と、橋本忍という、当時の新人ライターだったそうな。すごく、励みになりますね。

たくさん観て、たくさん書いて、たくさん考えて、芸術と向き合っていきましょう。


曲はB'zで「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」。

「もう信じられない」とつぶやいて 君はうつむいて
不安材料 腰にぶらさげた僕の 心にかみついた

ぴたりと吸いつくように 相性いいことわかってる
ふたり だからイケるとこまでイこうよ

愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない
太陽が凍りついても 僕と君だけよ消えないで 

そう信じる者しか救わない せこい神様 拝むよりは
僕とずっといっしょにいる方が 気持ちよくなれるから

ツライつらいとわめいてるばかりじゃ 心にしわが増えるだけ
ふたり だから楽しく踊ろうよ

愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない
太陽が凍りついても 僕と君だけよ消えないで

つないだ手なら離さない ふりしきる雨の中で
ほこりまみれの絆も 輝きはじめる

愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない
太陽が凍りついても 僕と君だけよ消えないで
今だから 好きなんだから あきらめながらは生きないで
他人の血が流れても 一途な想いをふりかざそう


映画にどしゃぶりの雨のシーンがあること、「信じる」意味を問う作品であるのでこの詞を選んでみました。いかがでしょう?
人に勇気を持たせてくれる名曲ですよね。ベストアルバムに収録されてますが、オリジナルアルバムにはまったく収録されてません。

20051124010608.jpg

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Comments 1

のび太は受験生  
おまけ


映画館に、ペットボトルのブレンディを忘れてきました。まじないわ~

2005/11/24 (Thu) 01:08 | EDIT | REPLY |   

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