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Radio Wavelog -Contact Of Personality-

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ON AIR#1027 No, I can't.

フリートーク
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・今日の新宿のずいぶん高そうな喫茶店。
紀伊国屋の近くの、劇場のあるビル。先方と会う。
原作を企画書に起こして欲しいとのこと。
「金にならない仕事で悪いけど」とおっしゃっていた。
お金、確かに欲しくないわけじゃないけど、こういう場にまずは感謝する立場なので。
「企画になれば金になる」ともおっしゃってたんで、とりあえず書いてもないことにはね……。
とりあえず、「やってくれるならどんどん連絡する」ということなので、
金にならずとも、それの手伝いが続けられば、
進路じみたモノを見つけられる可能性もあります。
今は、「円」よりも「縁」を大事にしろ、ということでしょう。

・キネマ旬報を読んでいて、知ったことなんですが、
映画「百万円と苦虫女」の地方都市の撮影に、埼玉県鴻巣市を使ってたんですねえ。
高崎線を使うときに、やけに人が乗ってくる鴻巣駅ってのがありまして。
監督のタナダユキは、
「百万円~」では埼玉、新作「俺たちに明日はないッス」では千葉を使っていて。
彼女はそういう中途半端感を若者に託して映画にしているって、そのコラムには書いてあったんです。

・で、僕も生まれが北関東、それも、埼玉の地方都市なわけで。
たぶんブログでも何度か書いてるし、友達にも話したことなんだけど、
どちらでもないところに埋もれているという悔しさってあるんですよね。
だって、
「都会に行って夢を掴むんだ!」という意志も、
「田舎に残って家業を継ぐ」という意志も、説得力を欠くんです。
まだ群馬の北の方がよかった。
大学に入った頃の初めなんて、通いで所沢まで行ってたけど本当に嫌で嫌でしょうがなかった。
親や友達まで読んでいるブログでひどいこと書いてしまうけど、
家族や親戚に縛られているのが嫌だったし、
いつまでたってもノンビリと田舎にいる友達とかみたいにはなりたくなかった。
じいちゃんがまだ健在で、じいちゃんといたくて初めは通ってたけど、急に亡くなってからはさらに東京に行きたくなってきて。
ようやく東京で過ごせると思ったら、六畳で同居してた弟が邪魔になって、喧嘩して、結局僕だけ1人暮らしになって、今に至る。
ホント、ひどいこと言ってると思うんだけど、正直な気持ちを言うとそうなるんです。

・憧れの場所っていうのが僕にはあって、
大都会のど真ん中か、
水平線に大きな船が見えるような、海辺の小さな町。
大都会か、静かな町のどっちかが好きなんです。
ニューヨークなんてのに青い憧れは未だに抱いてるものね。
だから、東京で暮らすことに対する憧れは常にあって、人一倍持ってたかもしれない。でも、それが意味をなさないわけ。帰ろうと思えばいつでも帰れるし、いつまでたっても「大した志も持たない人」というレッテルを貼られるのが嫌だった。
でもね、今、こういうところで暮らしているのも、田舎の親のおかげであって、そういう意味では一生その中途半端な場所の恩恵を受けなくてはいけなくて、そういう宙ぶらりんな感はこれから先ずっとぬぐえないのかもしれません。

・すんごく前置きが長くなったけれど、タナダユキさんは敢えてそういう「ぬぐえない中途半端」を映画にすることで成功を手にしたわけでしょう?
それで気づいたんです。自分の中のぬぐえないモノこそ、描くべきものだったんだろうなあと。
僕自身、シナリオを書くときの舞台はそういう中途半端な地方都市だったりで、もっと場所があるはずなのにそこを選ぶのは、結局、自分自身と向き合ってるからだったんだなあと気づいたんですよ。
自分が嫌うモノと手をつなぐことで描ける何かを探そうと思った。
という、果てしなく長い話でした。

・舞台の稽古もなく、バイトもなく、
映画も観ず、友達にも会わず。
今日みたいな日ほど、とてつもない不安に駆られますね。
何もしてないわけじゃないんですけど、
卒制を手直ししたり、
今日お会いした人との企画書話を考えたり、
来月の雑誌の掲載記事を書いたりしていると、
嫌でも将来を考えざるをえなくなって、それが焦りを生みます。
この部屋ももう長くはいられないし、
四月からが不安でしょうがないです。
最近は嫌な夢しか見ないので寝るのが嫌ですし。
イラついてもしょうがないとは思うんですが、
そういうときの対処法を教えて欲しいっす。


19の頃だったと思うけれど 家を出る事に夢をたくして
1人きりで暮らしてみようと 希望に満ちていた時があった

たとえ都会の片隅であろうとも 何かが起りそうな気がして
後ろ髪をひかれる想いを 明日のために断ち切ってしまった


(吉田拓郎『大阪行きは何番ホーム』より)
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Comments 2

じゃまこ  

あたしはずっと東京にいるから、東京にいると夢をつかめるみたいな想いもたないで育ったよ。
大学入って、東京に夢もって上京してきた人とかみるとわりと羨ましかったよ。
あそこに行きたいみたいな想いがあるくらいのが幸せな気がするのは気のせい?
どの場所だって想像よりはきっと素敵じゃない気がするし
行きたいけど行かないくらいのがずっと幸福なきかする。
ってこの文章読んで思いました。
気に障ったらごめん。

2008/11/08 (Sat) 23:19 | EDIT | REPLY |   
のび  
コメントありがとう

「ここじゃない、どこか」へ行くというのは、なんというか、生きてる感じがするんですよね。でも、ふとした勇気でいくらでもできそうなのに、いろんなこと考えて結局できなくなって、気がついたら年とってたりするんだろうな、きっと。
それこそ「百万円と苦虫女」の蒼井優さんがやってた主人公なんかがすごく羨ましいと思うんですよ。
でも、じゃまこさんの言うとおりな部分もあって、行きたい場所があるからこそ、生きていけるならそれも幸せな生き方なのかもな、と思います。
なので僕の場合、ニューヨークと海辺の町は憧れのままにしておきますね。

僕、夢を持つことすらなんか中途半端に見られるんじゃないかというある意味、自分勝手なコンプレックスがあって……ってか高校で夢を語ったことあるけど、あまり応援してくれる人いなくてさ。そういうのも手伝って、自分ってなんでこんなところにいるの? みたいな不満は常にあったと思います。みんな大学ばかり見つめて、その先の生きる道を見つめてなかった気がするから敢えてそういうことに自分からふれなかったのもあるんだけど。

そんなら、普通に東京生まれがよかったなーなんて思うんですよね。地に足つけて頑張れる気がして。東京生まれ東京育ちって、僕の憧れですよ。僕みたいに、憧れでしか東京を見ないのは、なんだか視野狭い気もするんですよね。

とりあえず今は憧れの地で寝泊りできている事実に感謝します。
出身地だけは変われないですから、じゃまこさんが羨ましいですよ。

あと、全然、気に障ってないですから。

2008/11/10 (Mon) 07:22 | EDIT | REPLY |   

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