ON AIR#3156 “Blue Knife”

『問題のない私たち』が無事、終演しまして。
もともと若い子が多い舞台なもんで、そういう意味ではパワーがある。
それでなくても、学生が主体の作品というのには、昔から心揺さぶる、いいのが多い。
自分の場合、もう、年齢的に学生の役は、よほどのことがない限りできないってことが残念だな。
でも大人にならなければ、大人の役はできないわけで、結局、いまできる役は、いましかできない役なのだ。
悩んでも苦しんでも、真剣に取り組んだやつの勝ちだ。

群れない。己を生きろ。いま、そのときだけの、かけがえのない仲間と時間を大切に。


青いナイフ / junior size




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ON AIR#3155 “Supporting Role......”

今日は涼しいっすね。

昨日、一昨日と、くそまじめなこと書いてたんで、今回はわりとどーでもいいこと書きます。

この一週間で、なぜか、日本を代表するバイ・プレーヤーを2人も目撃してしまいました。
どこで目撃したのか、その俳優さんの名前は、ブログで書きはしませんけど。
いつもドラマや映画で拝見してるンで、どうしても中間管理職っぽいスーツ男とか、さえない工場職員だったり、そんなイメージが先行していて……。でも実際に見ると、一流のスター並みにオシャレなんすよね。いや、決して着飾ってるわけじゃないんだけど、なんかどこかしゃんとしてるっていうか、垢ぬけていて。
普段はそんなにオーラがあってカッコいいのに、いざ演技をすると、全然垢ぬけない、田舎くさい感じとかを簡単に出せたりするんだから、すごいですよね。

渡辺謙さんが仰っていた言葉を借りるなら、「俳優っていうのは、起きてから劇場に行くまでがもう芝居」なんです。
高い服を着て、髪型をキメるっていうことじゃなくて、意識の持ち方を普段から考えろってことなんでしょう。

結論。
かっこよくなりてー。


では、また。









Jumpn' Jack Flash/The Rolling Stones

かっこよくなりてー。

ON AIR#3154 “We have no problem.”

所属事務所の公演、『問題のない私たち』という舞台が新宿のシアターサンモールでやっている。
「死ぬ勇気があるくらいなら、歯向かっていけばいいのに……そう思っていた。私がいじめに遭うまでは」
という名科白は、自分が初演で出演していたときからくっきり心に焼きつく言葉だ。

今日もニュースで、高一の子が焼身自殺をしたのだという。
原因などは詳しく報道されてはいなかったけれど、亡くなった子供の気持ちは、どんなだったのだろう。

昨日、高校球児の話をしたあとで、こんな書き方をするのも申し訳ないが、
「明日なき闘い」というのは、やっぱり、それでも明日があるからこそ、闘えるのだ。
本当に明日がない状態って、本当に、本当に、苦しいことなんだ。
また来る明日を、自らの手で拒んでしまうことの悲しみは、何よりも深く、苦しい。

「歯向かわない」という決断は、決して間違いなんかじゃない。
死は、逃げ道じゃなくて、終りでしかない。
その逃げた道の途中に、きっと希望があると信じたい。

だからこそ私たちも、その誰かの道の上に、立っていなくちゃいけない。
世の中の災厄はすべて、何もかも、無関心から始まる。

気づくこと。手をさしのべること。
敵ではなく、自分自身から逃げないこと。


また明日が来ることを、うれしく思います。
あなたにとって、明日は、どんな存在ですか。
では、また。




ON AIR#3153 “The garland would be brilliant for you.”

全国高校野球が始まった。
ワンプレー、ワンプレー、必死に、その一瞬に、全身全霊をかけている球児たちの背中にはいつも心を打たれる。
まるで、彼の人生が、その一日、いや、その数時間しかないかのような。
彼らに明日はない。あるのは、目の前の相手と、そして、共に闘ってきた仲間たちだ。
そんなことを考えてしまうのは、すでに大人になってしまった私たちの身勝手なのかもしれないが、あの灼熱地獄の甲子園にあるのは、きっと高校生たちの一瞬にして燃え上がる魂と、それを通して見るスタンドの大人たちの、まだ消え残る、過去への想い、なのだ。

あの、ソフトバンクの王会長も仰っていたが、どんな形であれ、多くのひとが甲子園からいつかは去り、ときには野球から遠ざかることだろう。だからこそ、一片の悔いなく、野球に打ち込んで欲しいと願う。残るのは「後悔」ではなく、ほろ苦くしょっぱい、流せば笑ってしまえる、そんな爽やかな悔しさであってほしい。

夢や希望の形なんて、これから先、いくらでも変化するんだ。
ならばその一瞬だけでも、誰にもゆずれない夢を、ゆるぎない希望を、持って闘ってもいいと思うのだ。



私には、あのとき、何ができただろう。
これから、何ができるんだろう。
今、何をすべきなのだろう。


では、また。


ON AIR#3152 “oh, lonely”

マイノリティが目立とうと思ったら、それ相応の努力しなくちゃダメだなー、と。
どれだけリアリティを持たせた演技をしないと、注目されないよなあって。

再婚を控えた、思春期の娘を持つ父親を演じることひとつにしても。
ふだんどんな仕事をしていて、その職場でどんなことを担当してる女のひとと知り合って、付き合って、どうプロポーズしたのか。
そこまでイメージを膨らませられているか。

本当の本当は、ネクタイの結び方、いやネクタイそのものにまで気を配らなくちゃいけない。
もちろん、ベルトだって、ジーンズに使うようなベルトなんかをスーツのズボンなんかには使えないよね。
ワイシャツの下にTシャツなんか、間違っても着られないし、髪型や、髪の毛の色まで考える。

ぱっと見じゃ見えない部分にホンモノを作る。
そうすると、観客は知らず知らずに嘘を信じてしまう。

100人の観客のうち99人のひとが気づかなかろうと、私みたいなひねくれたひとは気づくかもしれない。

そんなことを、思った一日。
ああ、ひるがえって、自分。

苦しいね。


では、また。


ON AIR#3151 “A Thousand Times Good Night(2013)”

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『おやすみなさいを言いたくて』

いい映画を観ると、すぐいままで観たものを忘れて、「これが今年一番!」と言いたくなるものだが、今回もそんな気持ち。
辛い映画なんだけどね、観るべき映画なんじゃないかなって思います。

糸井重里さんの「ほぼ日」でも書かれてたけど、いまはカメラマンの時代なんだって。
スマホの普及で「カメラ」というツールが溢れかえっているからこそ、本物の「写真」の価値が見直されていく時代だと。

思えば海外の写真家たちは(勝手なイメージだけれど)、失礼に思うくらい積極的に前進して撮影に臨んでいる。
先の震災でも、遺体の写真を挙げていたのは日本ではなく海外の写真家たちだった。
表現規制の違いはあるだろうし、日本人カメラマンにもそうした姿勢を持つひとはきっといるだろうけれど、遺体という具体的かつ決定的な「被害」の最高形体を映し出さなければ意味がないと考えているのは、海外のカメラマンなんじゃないだろうか。

それに、先に述べたとおり、スマホのおかで、すべてのひとがカメラマンになれるような社会だ。
被災の当事者たちが映しだした映像や写真におけるリアリティを越える何かが、やっぱり必要な状況にまで来ているのかも。

そういう現代のなかで、戦争と向き合ったら、カメラマンは、その家族はどうなるか、というのがこの作品の首題でもある。
映画の中で使われている、紛争地域の報道写真は、もちろん作りものなんだろうけど、乗っけからもう圧倒されて、目を奪われる。
映し出すことの責任の重さってこれほどまでなのかって。被写体がどんどん軽くなっている時代のなかで、これは本当に衝撃的なオープニングで。

主演のジュリエット・ビノシュが、またいいんですね。
娘と会話するシーンで、笑顔のまま、一筋だけ涙をスッと流すんですよ。
鳥肌が立ちましたね、その作りこみと、作りこみを余すことなく演技に昇華できる技術みたいなものに。

ラストシーンにも、問題は何ら解決していない、という作り手たちの怒りがある。
主人公の家族の出した最後の決断には、こうすることでしか、彼女の情熱を支えることはできないということなんだろう。

なんともやるせなく、観終わったあと、ちっとも清々しい気持ちにはなれなかったのだけど、家族愛の形は、とても柔軟で、どんなものにも適応できるんだと教えてくれた映画でもあった。そういう意味では、家族映画の傑作なんじゃないかなあ。

一見の価値ありです。

では、また。



ON AIR#3150 “Against The Wind/Bob Seger”

ひさしぶりに、ハタチぐらいのときに戻った気持ちです。
気持ちがゆらぐような感じ。
自分の生き方に、自分の気持ちが邪魔されるってことが、けっこうあって。
そういう下手なポリシーみたいなものを、いっそ捨てられたら、楽になるのかな。
なにもかも、やめてしまいたい夜に、支えてくれるのは、誰かの笑顔だったりするのです。

バカみたいなことばかり書いてないで、
では、また。

いまの気分は、Bob Seger。



Against The Wind/Bob Seger


ON AIR#3149 “motosuko”

湖畔の映画祭、二日目。
朝から湖に入水してはしゃぎ、ついにストレイドッグに入ってから丸六年にして制作部Nさんのメガネとった顔を目撃!
個人的には湖畔の映画祭一番の思い出。

そんでもって、昼からは寝そべりシアターという公民館での映画鑑賞会に行き、『古本屋SOS!』という映画を観る。
実は、諸星敦が出てるんですよ。五年前にうちの事務所にいた、すごい面白い後輩。

エキセントリックな自主映画を数本観てから、昨日の音楽ライブ系のステージに移動し、
『メイクルーム』の海外進出に尽力してくださったアダムさんによるDJイベント。
これが半端ないベスト選曲。
R&Bやソウルってこんなにかっこいいんだって教えてもらえた。
印象的だったのは、軽快に曲に合わせて踊る蒲先輩。

いろんな新しいものに触れることのできた二日間。
ちょっと違う価値観に気づけた。
ストレイドッグにかかわりある有名な女優さんや、ビッグネームの俳優さんもお忍びできてましたねー。
映画祭、また行きたいな。


では、また。








ON AIR#3148 “Lakeside Film Fes”

湖畔の映画祭に行ってきました。
山梨の富士山周辺って、夕方ともなると、ほんとうに涼しくて、これを体験してしまうと、東京周辺の暑さがいかに酷なものかわかる。

野外映画祭なので、暗くなるまではほとんどがライブやDJイベントで、そのなかでこれから一気にブレイクしそうなアーティストやパフォーマーなどを堪能できた。
暗くなってからは、『百円の恋』の上映の前に、監督の武正晴監督、木下ほうかさん、板尾創路さんらによる、真っ暗のなかでのトークショー。楽屋なんてものはないので、開演前には観客と一緒にお酒飲んだりしていて野外映画祭ならではの面白さ。

『百円の恋』は二度三度観ても、やはり傑作だった。

上映終了後、間髪いれずに我らが『メイクルーム』の上映。
野外のスクリーンに、私や、先輩方の顔が映し出されるのは、ちょっと不思議な感覚だった。
そのあと、舞台挨拶して、続編『メイクルーム2』の予告編を初お披露目。
早く、皆さんにもお見せしたい。めちゃめちゃ笑える予告編になっています。

最後には、『グレイトフルデッド』という、木下ほうかさんや笹野高史さんが熱演しているこれまたクレージーな映画を真夜中に観たけれど、眠気と闘った。

簡単なものになってしまったけれど、一日目はこんな感じ。
まだ第一回ということだけど、運営がもっとしっかりしてくれば、かなりいいフェスになるんじゃないかなあ。


では、また。