ON AIR#2568 YES MASK MAN

そういえば、マスクを買ったんですけど。

あ、裏切ったと思わないでください。
いまでも仕事中はしないです。移動中のみです。

とにかくもう、インフルエンザが猛威をふるっているとのこと。
ほとぼりがさめるまでは、マスクをして、予防接種もはやいうちに受けておくべきかと思う。
“STRAYDOG”の若手頭、堀之内さんはしっかり予防接種を受けている。
前にも書いたけど、ウイルスひとつで公演がまるまるおじゃんになる時代ですからね。

それにしても、マスクをしながら話してるひとに訊きたい。
マスクの中、唾臭くなりません?
ただでさえ、ラーメンにニンニクいれたら悶絶するくらいなのに。

(……私もなんとアラサーなもんで、口臭には気をつけたいと思っている年頃です。最近は口臭外来もあるって聴いたし。でもなかなか、「あんた息くさいっすよ、口臭外来へGO」って、直接言えなくない?)

ということもあって、私はマスクをするときは無口を貫いている。
むしろ息を止めているといっても過言ではない。
自分の口臭に悶絶したくないからである。

そんな私、ブログ検索でちょこっと調べてみると、2005年の12月に、インフルエンザの予防接種を受けていたようである。
ついでに日本映画専門チャンネルで成瀬巳喜男監督の作品を鑑賞していたらしい。

……覚えてねぇえええ。
八年前のこととはいえ、ここまで全然覚えてないと、けっこう愕然とするもんだ。

逆に昔デートとかで観た映画のこととか、そのときどこに行ったかは鮮明に覚えていたりするんだから、私の頭は本当に単純明快にできている。ほとんど物心ついたばかりの幼稚園児くらいの頭脳である。

で、ついでによくよく思い返すと、記憶が確かなら、私はこの八年間近く、一度もインフルエンザには感染していないということになるらしい。だって最後にインフルエンザになったのがいつなのかも思い出せないくらいだもの。

こればっかりは健康に生きていることを素直に感謝するしかない。
人間、元気に生きてれば、けっこうなんとかなったりするもんだ。
へこたれようが、まぁ、明日を元気な身体で迎えられるということは、それだけでもう幸せかもね。


余談。
(ウィルス性胃腸炎には二回罹ったけれど)私はあのノロウィルスにもまだ一度も罹っていない。
ただ、胃腸炎になる直前に食べていたもの、一度目のミミガー、二度目のチカラめしは、
それ以来、口にできていない。

そして今回、ブログ検索にちょっとお世話になったけれど、
出てきた八年前の私の文章が、もうほんとに赤面モノでどうにかしてほしい。
青い。青すぎるのだよ。
いま書いてるこの文章も数年後には赤面モノになるのかと思うと、いまから溜め息が出てしまうよぅ……。

まぁ、でもとりあえずバカでも健康なら、それでいいや。
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ON AIR#2567 The Heavy

The Heavy “What Makes A Good Man?”




先日放送された、WWEのロイヤルランブルのサブ・テーマソング。
メインはもうひとつ、別のバンドで『Champion』という曲があったんだけど、
こっちのほうが断然カッコよかった!
ドストレートなロック的コード進行、パワフルかつエネルギッシュなボーカルとコーラスの掛け合い。
何度聴いてもすばらしいよ。
ありそうでなかったよね。

サビの歌詞が日本人でも覚えやすい。
最後は「グッメン!」しか言ってないしね!!

なんか『任侠ヘルパー』の『All My Soul』を思い出しちゃうけど。
テンション上がるね。これは朝聴きたいな。
自分の舞台で使いたいくらいだ。

ON AIR#2566 Boxercise

usodaro.jpg

爪の根元を怪我した。
ボクササイズのあと、なんか足の指先が痛いなと思ってはいたのだが、
まさかこんなところを怪我しているとは思わなかった。

ボクシングというのは、つま先でステップを踏みながらパンチを打つので、
つま先に体重が行ってしまうのはわかるのだが、
まさかこれで根元をヤるとは思ってなかった。

なかなか爪の痛みは引かないものだ。
足の爪もあなどるなかれ。
こうやって画像を見るとけっこう伸びていた。
なかなか人の目には触れないが、ちゃんと切っておこう。

しかし、このブログを開いた途端に私の足の指のアップの画像である。
申し訳ありません、まだインターネットは閉じないでください。

曲がりにも役者のブログをやっているのに、
私の足の画像を世界に公開してよいものか、今回は非常にためらった。
想像してみて欲しい。
休みとはいえ真昼間に自分ちで足の指を撮って、
「指怪我しちゃった~えへへ~」
とブログを更新してるアラサー独身の男を。
覚悟はしていたし、自覚も少しはしているが、これでは完全にダメ人間ではないか。
……やけに指から毛生えてるし。

でもあれだ、昨年の巡業中、岡山の中学校が二階の体育館で、
重いものを階段で運んで腰をヤってしまったとき、
宿泊先のホテルで、風呂上りに姿見で確認したら、腰が完全に曲がってしまっていたのには、驚いた。
おじさんがよく駅で腰を回しているのがたまに見られるが、
左に回したままストップしたような状態だ。
元に戻そうにも痛くてしょうがない。巡業は続くので病院にも行けない。

この状況がなんとも面白いぞと思い(面白いと思ってしまうのがまずダメなのだが)、
姿見に写った風呂上りの自分の写メを、何を思ったか母親に送ったと思っていたら、
全く別のひとに送っていたことがある。

返信されてきたメールが

「こういうときどうしたらいいのかわからない」

というのを読んで、しばらくは何の意味かわからなかった。
事の次第を知ったのはその五分後。

「いやああああああああああ」

そのとき私はホテルの部屋でひとり絶叫していた。

なんてミスをしたのだ。
相手は僕と同年代の女性。
ものすごい、いやそんなもんじゃすまない失態である。

相手は苗字が「た」行の人間だったというミスなんて、絶対に信じてもらえないだろう。
しかもメールは半裸の私(腰が曲がった)の画像たった一枚だけの、
題名も本文も何にもないものである。
ひょっとして変態と思われてはいないか。
いやどう考えても変態である。

「本当は母親に送ろうと思っていた」と説明したところで、単なるマザコンと思われるのが関の山だ。

これを機に着信拒否とかメール受信拒否とかされてしまったらどうしよう。
私はベッドの上でのたうちまわり、シーツに冷や汗という冷や汗を吸収させてしまった。

「ちがうんですもうこれはなにかのまちがいなんですぅぅぅう」

結局、三十分考えた結果、
「ここはすべて正直に話すしかない」という結論に至り、
彼女には必死に弁解をして、着信拒否もメール拒否もされないまま今に至っているが、
こういうミスはもうしないと、そのとき心に誓ったのである。

ちなみに後日、本当に送るつもりだった母にも、私のその半裸画像を送りつけてみた。
変態と思われないように、「腰痛めちゃったよ」と、一応の説明書きもして。

返ってきたメールは、

「へえ 画像じゃよくわからんね(絵文字)」



……こんなことなら送らなきゃよかった。

(ついでに言うと弟にも送った。返信はこなかった)

世の男子諸君。
写メールはたったひとつのミスですべての信用・信頼を失いかねない危険なツールである。
特に携帯のアダルトサイトとかで見つけた画像とかを自分のPCに送る際には細心の注意を払うことをオススメする。

何より、腰は痛めないことだ。
重いものを軽々と運べるくらい、日ごろから鍛えておくべし。
というわけで、私は今日もボクササイズに励むのである。

ON AIR#2565 Li Na

全豪オープンテニス決勝を観ていた。
アザレンカ優勝。
基本的にいつもは全英の映像ばかり観ているので、
今回全豪の決勝を観られたのは幸せでした。
ビクトリア・アザレンカ。
彼女の執念深いテニスが、実を結んだな。

いっぽう、準優勝者の李娜も、本当に惜しかった。
左足首の怪我に泣かされた格好だけれど、
医療班のチェックに、思わず笑ってしまう場面は、とても心が和んだ。
笑顔が素敵な選手だ。

男子と違って、熱くなる、というか、ジーンってなる感じだ。
異性だからか、わからないけど、一生懸命な女子のテニスプレーヤーを見ているとどうしても涙腺が緩む。

アザレンカと互角に戦った李娜という選手がとても好きになった。
ふとテレビのニュースを見れば、日中関係は緊迫化し、尖閣諸島がなんだと、
きりきりとした気持ちになる報道ばかりが目立っている。
たとえば、李娜の相手が、それこそクルム伊達公子さんだったら、
全然違うニュースがスポーツ誌に載っていたはずだろうし、
場内の雰囲気も、もしかしたら李娜選手自身のモチベーションも、また違ったものになっていたかもしれない。

だけれど、李娜選手の瞳を見ていると、純粋にテニスと向き合っているひとりのアスリートとして、私は尊敬したくなったし、これからも応援したいと思った。
スポーツに、国籍も何も関係ない、というのはきれいごとかもしれない。
サッカーの試合なんか見てれば、そう思ってしまうだろう。

それでも、紳士淑女のスポーツであるテニスの可能性を、私は信じてみたいのだ。
ひとたび試合が終れば、お互いに歩み寄り、
ネットという境界線を越えて握手をし相手を讃え合う、この競技が好きなのだ。

ON AIR#2564 NO MASK MAN

役者を本格的にやり始めた当時、喉に気を使って、マスクを頻繁につけて稽古場に行っていた。
確かに、冬場はとくに喉を痛めやすい。
B'zの稲葉さんでさえ、Mステのスーパーライブがある年末の時期などは「本調子じゃなさそう」などとネットで言われる。
乾燥する季節に比べたら、暑いけど、湿気のある夏のほうが調子はいいはずなのである。
もちろん冷房は大敵なのだが。そのため、役者で夏場にマスクしてくるひとは多い。

しかしここのところ、マスクをすることはほとんどなくなった。
私みたいなメガネユーザーにとって、マスクはほんとうにうざったい。
まず、レンズがくもる。
そして、耳がマスクの紐ですれて痛いうえ、メガネのツルにひっかかってしまうことも多々ある。
早々に気づけよ、と言いたいところだが、とにかくそんな理由で、なるべくマスクはしないと決めて外出している。

あと、役者は顔を見せる職業である。
稽古場でマスクして演じているひとなんかがたまにいて、
演出をやっているときの森田さん(ストレイドッグの大先輩)に厳しく注意されていた。
確かにそうだ。演技してる顔の表情がわからないんじゃ、演出のしようがないもんね。

私はとりあえず、マスクして稽古場に行かない。
道中はしていたとしても稽古場では必ず外す。
それは心がけている。
マスクをつけていようがのど飴なめようが、喉を悪くするときは悪くなっちゃうもんだし。

あと、これは個人的な考えだが、男が稽古場でマスクしているのを見ていると、体に気を使っているというより、軟弱に見えてしまうよ。
私、根っからの見栄っ張りなもんで。デートのときもマスクなんてしないぜ。
そんな×××に出ているような×××じゃないくせに。
元気に芝居しようよ、みんな。

ちなみに今日、舞台『ゴジラ』の千秋楽で、手伝いをしていた後輩のMクン(新人)が、
堂々とお客さんの前でマスクして応対してたので、先輩風をふかしてしまった。

「劇場でお客様の前でマスクなんかしてちゃダメだよ」
「はぁ」
「役者なんだから顔見せなきゃ」
「そうですね」

ちゃんと理解してくれてるのか、わからないが、
新人なんだからもうちょっと元気にふるまって欲しいものである。

ひとのこと言えないけどね。


マスクして仕事するのは、深夜のコンビニ店員くらいにしてほしい。
(バイトでもマスクしてやるのはいただけないけどね)


舞台『ゴジラ』、ご来場くださった皆様に感謝申し上げます。
出演者全員、すばらしい笑顔でカーテンコールに立ってました。
マスクなんかで隠しちゃいられないよね、あんな素晴しい顔。
自分もがんばろう。

ON AIR#2563 Royal Rumble 2013

再び、ロイヤルランブルの季節がやってきた。
現地では1月27日、日本時間でいうと、28日の午前中に開催される。
ロイヤルランブルというのは、アメリカの人気プロレス団体、WWEが毎年一月に開催する特別番組で、
主要王座戦のほかに、メインイベントとして、ロイヤルランブルというバトルロイヤルマッチが行われる。
参加レスラーの人数は団体に所属する選りすぐりの30人。
最初の二人を筆頭に、約1分~3分間隔でレスラーが追加入場していく。
プロレスでよくあるフォールしてスリーカウント、またはタップアウト(ギブアップ)で勝負が決まるわけではなく、
対戦相手をトップロープ越し(ミドルロープではダメ)に退場させていくことで生き残っていき、最終的にリング上に立っていた者が優勝。
優勝者には、WWE最大の特別番組であり大会であるレッスルマニアのメインイベントで王座戦に挑戦者として出場する権利を得る……。

もっとも、近年では「メインイベント」ではなくなってきているのだが……って、
ええええいめんどくさい。

この動画を見て学んでくれ!!




……過酷なマッチである。
もちろん、入場する順番があとになればなるほど有利ではあるが、とにかく長い時間、戦い続けなくてはいけない。
私がWWEというプロレス団体を好きになったのは、このロイヤルランブルがきっかけであった。
皆がたったひとつの挑戦権を賭けてリング上で激しい攻防を繰り広げる。
相手をリングから追い出す、シンプルなルールを最大限に利用した演出。
プロレスの常識とはかけ離れたショーマンシップが、そこにあったからである。
別にリングの上で戦いたいという欲求を抱いたわけではないが、
彼らはとても輝いていて、華々しい世界に憧れを抱かずにはいられなかった。

思えば私がいま、舞台に立っているのは、こうしたプロレス体験があったからではないか。
もちろん、番組の看板スターであり続けるには並大抵の努力ではいかないだろう。
これは数々のドキュメントを見ていて知った。
「ビヨンド・ザ・マット」というドキュメンタリー映画なんて傑作だと思う。
よかったらTSUTAYAで借りて見てほしい。
プロレスなんて所詮ヤラセじゃん、なんて言えなくはずだから。

私にWWEを教えてくれたのは、中学三年のときのクラスの友達の男子数人であった。
地域のケーブルテレビでWWEを知った誰かが、学校で話題にしたのだった。

しかも彼らは、なんと教室で話すだけでは飽き足らず、自習の時間に教室のテレビを勝手に使って、WWEを流しやがったのである。
奇しくも、それがロイヤルランブルのビデオだった。

当時WWEはいまとは比べものにならないような過激路線を突っ走っていた。
パンティ、ブラ、ビキニ。とにかくエロい。
(正直、親のいない部屋でお世話になったことがある。それくらいナイスバディな女性レスラーがいたのだ)
毎週、流血、有刺鉄線、画鋲、流血は当たり前。
(オースチンが一番流してた気がする)

想像して欲しい、そんな映像が大音量で流れている昼下がりの中学校の教室を。
女子は全員、引いていた。


いっぽう。
私は一瞬でハマってしまった。
目を輝かせて観入り、ケーブルテレビで毎週観戦した。

それから13年近く、WWEのファンである。
なんせ私は、あのジョン・シナのWWEデビュー戦を観ているんだからね。
おそらくだと思うが、そのときの彼らは、もう誰ひとりWWEを観てはいない。
少なくとも、私の成人式の時点では、もう誰もWWEを観ている友達はいなかった。
WWEの話題をふったら、きょとんとされたときはちょっとショックだった。
おい、教えてくれたの、おまえらじゃん!!


人はときに面白いくらい、情熱をささげてきたものを捨てていく。
んー、情熱と言ったらおおげさかもしれない。
なんというか、好きだった記憶をすっかり忘れてしまうときがある。
初恋のひとの魅力も忘れてしまえば、好きだったはずのバンドも、なんで好きだったか解らなくなる。

BON JOVIはいまでも大好きなバンドで聴いているが、そのきっかけをくれたBON JOVIのアルバムを初めて貸してくれた友達は、
「もうBON JOVIなんて古いし聴かないよ。いまは断然ガガっしょ」
と言っていた。

でもまぁ、自分もそうかもしれない。
高校時代、グラビアアイドルでタレントの乙葉さんが大好きだったが、彼女の結婚を機に、熱が冷めていった。
(今でも、たまにナレーションの仕事をしていて、声を聞くとちょっと嬉しくはなるが)

人間は、忘却によって、頭のなかに新しい何かを吸収する余裕を作っていく。
何かを好きになれば、その分の何かを忘れていってしまう。
もう『家政婦のミタ』の記憶は薄れ始め、『最高の離婚』とか『夜行観覧車』が話題になっている。
考えてみてばそれが普通である。
たくさんのものを抱え続けてはいられない。どんどん脳内の荷物を捨てていかなければ、体だって持たないだろう。
わかってはいるが、ちょっと寂しくはある。
好きだったものを忘れてしまうことは、お互いにとって、切ないものだ。

乙葉ファンを辞めた自分だが、いっぽうで持続しているものも多い。

WWEは今でも日本公演があれば行く。
B'zはいまでもファンでライブに行く。
ギターもいつの間にか十年続けている。
四年聴き続けているラジオ番組がある。
同じ劇団に三年以上所属している。
21歳のころから大好きな×××がいる。
××××だって一週間に2回は確実にしているし、
××××はいまでも×××ナンバーワンだ。
映画なんて物心ついたときから観続けているぞ。
(×の約80%は下ネタです)

自分には何の才能なんてないと思っていたけれど、
もしかして「好き」を「続ける」才能は、けっこうあるんじゃないか?
ブームや全盛期をとうに去ってしまったものでも、なぜか自分だけ忘れてなかったりして、
他人に驚かれたりする。

そういえば依然、舞台の当日パンフで「自分に隠された才能は?」というアンケートがあり、
わからなかったので母にメールで訊いてみたら、
「一度好きになったらとことんやる」
と返ってきた。

……うん、これは才能ってことにしちゃおう。そうしよう!




ちなみに。
その母のメールにはデコメでハングル語が使われていた。
「がんばれ」という意味らしい。
そんな母は、「冬ソナ」にハマって以来ずーっと韓流ドラマの鑑賞とハングル語の勉強を毎日欠かさない。
一番継続の才能があるのは、ほかでもない母なのかもしれない。


今日もだらだらと書いてしまった。
そんな当ブログも、今年の五月で丸八年になります。

ON AIR#2562 I'm Lovin' It.

先日、ひょんなことから、マクドナルドのチキンクリスプを五個くらいもらった。
いただいた当時は、「やった~、これでしばらく朝飯はこれでいこ~」などと、とても喜んでいたのだが、
三日ともたず、私はうちの冷蔵庫を占領するこのチキンクリスプたちの前で、うなってしまった。

思えば、私はマクドナルドにあまり縁がないというか、好んで食べはしない。
友達ととりあえず食べよっか程度には入るけれども、
自分からあのカウンター前に並んでまで食べようとはあまり思わない。

自分が子供のころから、我が家はマクドナルドを好んで買わなかった。
というか、マクドナルドが駅前にあるような地元ではなかった。
代わりに、モスバーガーとミスタードーナツが駅前にあったので、
我が家の休日のたまのごちそうといえば、モスとミスドであった。
しかしながら、いまはどんどんうちの地元の駅はすたれてしまって、
モスはなんか変なパブに様変わりし、ミスドは最近つぶれ、いまだにテナント募集の張り紙を出したまま、いっこうに店ができる気配がない。

大学生になってから、マクドナルドはよく利用した。
というか利用させられた。
当時の部会が、とにかくマックが好きで、
何か個人的会議とあればマック、
打ち合わせといえばマック、
アイツとアイツが付き合ったらマック。
別れればもちろんマック。
ときどき、ゲームボーイなんちゃらで通信対戦をするガキや、
カードゲームするために場所を占領するバカそうな中学生には頭を悩ませたものの、
井戸端会議をするにはとにかく恰好の場所だったのである。

しかし、いまとなってはそれも昔の話で、全然利用する気にならない。

申し訳ないけど、おいしいと思えないのだ。
というか、昔より高くなったよね?
だいいち、写真より明からにレタスが少ない。
あんなすずめの涙みたいな、ヘチョヘチョのレタスを食べる気にはなれないし、とてもバリューがあるとはいえないセットのために700円もとられていられない。
というわけもあって、私は昨年の四ヶ月にわたる巡業のあいだですら、ついに一度もマクドナルドを利用しなかったのである。

それくらいマック嫌いと言って間違いない私が、
もらえるからといってホイホイもらってしまった。
貧乏人なので、文句は言わない。むしろありがたいことじゃないか。一日の食事にありつけるのである。

だがしかし。
最初の三日はなんとか朝飯にしたが、
ついに私の食欲がSOSを出し始めた。
もたれる。胃がもたれる。

そして、チキンクリスプ、辛いよ。
なんであんなにコショーきかす必要があるのかまったくもって理解できない。
一個食っただけで汗だくになってしまう。
舞台ではあまり汗をかかないのに、
辛いものを食べただけで大量に汗をかいてしまう変な体質なので、とても困る。
出勤前に汗だくになってはどうしようもない。

私の冷蔵庫には、あと二つのチキンクリスプが、
私の胃の中に放り込まれるのを今か今かと待っていた。
だがどうする……。
そのときふと、台所のすみに置かれた可燃ごみの袋に目をやる。

「明日、燃えるごみの日やん……」

私は、チキンクリスプをふたつ鷲づかみにし、
ゴミ袋に入れようとした。

だが、手をとめてもう一度自問自答する。

本当に捨ててしまっていいのか。

ついおとといの記事で、
食べ物を捨てるやつが許せないとあれだけ力説したばかりではないか。
食料自給率が致命的に低く、食料廃棄率世界一という不名誉な記録を嘆いたこの私が、
いままさにチキンクリスプを、
「食べきれないんで~捨てちゃおっかな~って思って~」
ってな感じで捨てようとしていたのだ。

だめだだめだだめだ。
一昨日30分以上書けてかいた記事はなんだったのか。
こんなんじゃ、突貫工事で政党を立ち上げて、権力のみで政界を行き来した男を味方につけ、
ドヤ顔で卒原発を卒増税を掲げたあげく、
結局仲間割れして離党しちゃった、
我が地元、埼玉県本庄市出身の、かの某滋賀県知事みたいじゃないか。

埼玉県民として、本庄市民として、
なんとしてでもそれだけは避けねばなるまい。
しかし、どうすればいいのだ、チキンクリスプ。
そのまま食べるのはどうしてももう無理だ。

しばらく考えた結果、私はある手段に出ることにした。
こうなりゃ、やけくそである。

フライパンに油をしき、
その上に、細かく切ったチキンクリスプの肉とパンを入れ、軽く炒め、
そこに菜の花ともやし。
タルタルソース(お弁当の残り)、甘酢ソース(レトルト酢豚の残り)、ポン酢、ケチャップ、砂糖、蒸鍋のたれをぶっかけ
水と入れつつ煮込んでみた。

結果が以下の画像である。

まっくちきん


ぐ、ぐろい……。
パッと見、もつの炒めみたいだ。

おそるおそる、食べてみた。
あれ、なかなかこのオリジナルソースいけるでないの。
もう一度同じものを作れといわれたら、分量がわからないので絶対にできないが、
なんとも食欲をそそる味である。

だがしかし、うーん。
どうしてもチキンが……辛い。
汗がとにかくひどい。
そしてあのマックっぽい濃い~い、
あのカロリー高いことを主張するような、あの風味だけはどうしても中和できなかった。
しかもパンも入れてたので、水分を全部パンが吸ってしまってぐしゃぐしゃなのだ。
食感は、あまりよくないな、残念ながら。

とはいえどもね、感覚だけで、ご飯と一緒に食べるおかずレベルにまでできた俺の腕を、少しだけほめてあげたい。外食の誘惑をなるべく断ち切って、うちで食べるようにしてる努力が、ちょいと報われた。
そんなこんなでとても有意義な夕食だった。
がんばればやれるじゃないか、私だって。

それにしても、である。
私はここまでマクドナルドさんをDISってよかったのだろうか……。
この業界、何が起こるかわからない。
がんばれば、努力さえ怠らなければ、いつか沢尻エリカさまの弟役で蜷川実花監督に映画で使ってもらえるかもわからないのだ。
というわけでマクドナルドさんのCMのオーディションに通ったら、
というか、オーディションを受けるってことになったら、

即刻、この記事を抹消したいと思う。

ON AIR#2561 AKBINGO

一学期からまた何人か、ストレイドッグから旅公演に行くメンバーが出る。
まだ発表はできないのだが、そのなかの後輩から、
「初めて旅行くんですけど、何か気をつけといたほうがいいことありますか?」
と訊かれ、困ってしまった。
巡業に行った経験はとても自分のためになったとは思うが、後輩に何か教えられるほどのことあっただろうか。
思い返せば、体力的にきついこともたくさんあったので、
「とりあえず、芝居がどんなでも、風邪とか怪我さえなければ乗り切れるよ、大丈夫大丈夫」
とだけ言って濁してしまった。
ためになることなんてひとつも言えない自分が歯がゆかった。
こんなことなら、もうちょっと真剣に、自分のしていることを研究するべきだったかと思う。

そんな矢先のこと。
深夜番組をぼんやりを眺めていたら、
こんなシーンがあった。
(幸いにも、YouTubeにて、映像がありました)




私、AKBファンでも何でもないのだが、
この、たかみなのアドバイスを聴いていて、ただひたすら脱帽だったのである。
木村愛を演じたこの子も、たぶん駆け出しの女の子で、
訊いたことのなかには、ホンネもあったであろう。
しかしそんな相手に対し、こんなに親身になって(しかも相手は偽メンバー)アドバイスできるもんだろうか。
自分ならできるだろうかと、問いかけて、やはりできないであろう、自分がいる。

優しさって大事だなあと、いまさらながら思う。
自分はひとに優しくできていたろうか。
流れていく日々のなかで忘れていなかっただろうか。

三学期から、優しい河童、ラームをまた演じることになるので、
たった二週間ではあるけれど、後輩に胸を張ってアドバイスできるように、がんばりたいと思う。
今度もいっぱいいっぱいになっちゃうかもしれないけど。
帰ってきたら、またひとつ、オトナになっているよ。

ON AIR#2560 No More Leftover Food

とあるスタッフエレベーターでの女性従業員の会話。

「あたしスーパーで買ったものとかだいたい捨てちゃうんですよ~」
「そうなんだー、でもわかるー賞味期限とか切れちゃうよね~」
「いや違うんです~食べきれなくて」

おい!

おいおいおい!

聞き捨てならんぞ!!


私はつい声を荒げて会話に割り込んでしまいそうになるのを必死でこらえた。

好き嫌いがあるのならともかく、食べきれないなら捨てるんじゃなく冷蔵庫にとっておけよ。
なぜ捨てる必要があるのか、まったくわからない。
まさか冷蔵庫が家になくて、窓が南にあってカーテンもなくて日中は部屋全体が日当たり全開という部屋ではあるまい。
だいいち食べ残すほど、ものを買うなという話である。
それに聴いていた先輩もさして怒るでもなくきゃははと笑ってエレベーターから去っていきやがった。

後輩の話を訊いて、叱る気にならんのか。
それに、私は賞味期限の過ぎたものでもなんでも無理やり調理して腹に入れる。
私の場合卵がそのような事態になるが、むちゃくちゃ加熱すればなんとかなるもんだ。
最近は勉強して10個入りパックではなく6個入りを買うようにしている。

それにしても、まったく、ぷんぷんとなってしまう話だ。
そういえば、だいぶ前ではあるが、私は企画AVの現場でバイトをしたことがある。
そのとき、制作スタッフとして、女優陣のためにお弁当を買いにいくシゴトをまかされた。
私はメニューを手に女優陣の楽屋にお邪魔し、
「あの、弁当買いに行くんスけど、このなかから選んでもえまスか」
とたずねた。
頼まれたのは焼肉弁当、チキン南蛮弁当、のり弁当など、わりとしっかりしたお弁当であった。
お昼もだいぶ過ぎてしまっているし、これから長い。
女優陣もおなかが減っているのだろうと予想し、私は弁当を注文し、女優陣に配った。
思えば、私が始めてのAVの現場でやったシゴトはそれくらいで、あとはちょくちょくお菓子を買いにいくことくらいであった。
で。
撮影も無事に終わり、帰る間際になって、ゴミをまとめなきゃならなくなった。
入り口付近に無造作に置かれた弁当箱。
中身を確認したら。
焼肉弁当、チキン南蛮弁当、のり弁当。
どれも七割を残した状態で放置されていた。

これにはさすがの私も愕然とし、怒る気力すらなかった。
自身の体を、アダルトビデオの消費者にお見せするお仕事であるのだから、
お腹をふくらませたくない、という事情はわからないでもない。
だが、弁当をこんなにも残すという神経が私には信じられなかった。
メニューの中には、弁当よりも安価で安いサイドメニュー的なものだってばっちり記載してある。
その気になればミニ弁当であるとか、おにぎり一個とか、要らないという選択肢があるではないか。
七割近くを食べ残すとわかっていてなぜ買うんだよ、と嘆いた。

私は助監督のNさんに尋ねた。
「これ持ち帰っちゃダメですか」
「ダメです」

うー。
撮影が終ったのは深夜の1時過ぎ。
夏場の撮影期間。
室内とはいえ、実に12時間以上、冷蔵庫にも入れずスタジオに放置しておいた弁当を食べさせるわけにはいかないということであった。
そのようないきさつがあり、私は泣く泣くその弁当を処分したのだった。


嫌いな食べ物ではないのに、食べ残しや残飯があることは、やっぱり許せない。
居酒屋バイトのとき、宴会で、刺身が振舞われたのに、それを半分近く処分したりするのは苦しかった。
たまに実家に帰ったとき、パンパンに膨れ上がって賞味期限が切れたものばかり詰め込まれている冷蔵庫を見るとやるせない思いがわく。
とくに我が家はビンの牛乳(カルシウムが多くとれるやつ)が、配達されてくるのだが、それを母は毎回残している。
今年帰ったときに11月で賞味期限が切れた、半分残っている牛乳ビンがあったので処分したら、
「それはシチューとかに使うのよ」
と言われてしまった。
シチューにしたって腹壊すよ!! 11月だぞ11月。


勢いに任せてえらく長く書いたけれども、
先日ニュースで報道されていたが、日本の食糧廃棄率は実に30パーセントなのだそうだ。
調べたら出てきたが、
日本は年間5800万トンの食糧を輸入しながら、その3分の1である1940万トンを捨てている。
食糧廃棄率においてはなんと世界一。
年間で5000万人分の食料が、可燃ごみになっているんだよ。

世界では今でも飢餓に苦しむひとたちがいる。
捨てていたその食料が、もしかしたら5000万人の命を救えるのだ。

なにも世界にばかり目を向けなくても、
捨てている分に匹敵するお金とかを、震災で苦しむひとたちに充てられないのか。
TPPとかで農業が悩むなら、農業へ……。
それに、医療の進歩とかに使えないものだろうか……。

そんなことをあれこれ考えていたら、
気づいたらその女性従業員二人はエレベーターから消えていた。

私はデパートのレストラン街に降り立つ。
さっき食べたばかりだったのに、無性に腹が減る。
食べ残さず、食べてくれることを、もちろんレストラン街で働くひとたちは願っているはずだ。
私もそうだ。
浪費することなく、全力で食物と向き合って欲しい。

またまた余談だが、
本日より、ストレイドッグの舞台『ゴジラ』が上演されています。
私は出演しておりませんが……。

差し入れ、飲み物、食べ物、大歓迎です。
でも、あなたのほかにも、差し入れを考えているお客様もいるはず。
もうすぐバレインタインですし、板チョコ一枚でも、嬉しいものなのです。

役者が食べきる量で、けっこうですよ。
ご来場、お待ちしています。

ON AIR#2559 TSUTAYA problem

TSUTAYA問題、である。

このところ、またTSUTAYAに寄ることが増えた。
つい映画館でばかり映画を観てしまう私だが、いままで観られなかった名作を観たいという気持ちが、けっこう強くなってきた。
私は、たとえどんな名作でも、映画館で観られなかったとなると、とたんに観る気が失せてしまう。
もちろん、映画館で観るという行為が大好きなことは、これからも変わらないことなのだろうが、
誰もが知ってる名作を、過去の作品だからという理由それだけで、実は観ていないことが、私の場合は多いのだ。

たとえば私は『プライベート・ライアン』を観ていない。
『ニュー・シネマ・パラダイス』を観たのも19歳くらい。
『ディア・ハンター』を観たのも割と最近だ。
ストレイドッグに入って、森岡さんが好きな映画を借りて観たりはしたが、それでもまだまだ観とかなきゃいけない作品は増えるであろう。

それと、新宿のTSUTAYAには、わかりやすいところに映画の前売券が売っていたりする。
金券ショップに立ち寄る習慣がない私にとって、TSUTAYAにある前売券は、映画ファンにとってはとても嬉しい。
300~500円の差はやっぱりでかい。
あと、当日券で座席指定券を買うよりも、前売券のほうが、よりその作品に熱を持っている、という自己満足も得られるのだ。すばらしいよTSUTAYA。ありがとうTSUTAYA。

だが。
TSUTAYAは店舗によって、値段が違う。
新宿TSUTAYAは、品揃えでは圧倒的に他店より上なのだが、いかんせん高い。
旧作100円は期間限定だったのかと、幻滅すらしたほどである。
だいたい新宿行くのにも交通費がかかる。
交通費とやけに高いレンタル料金。これに延滞なんてした日にゃ、恐ろしくてたまらない。

新宿は割と好きな街だが、そんなに遊びには行かない。
映画館や飲み屋、歌舞伎町へ行けば風俗店。
娯楽は確かにたくさんあるが、友達と真剣に遊んだり、初めての彼女とガチでデートとなると、けっこう難しいんじゃないか?
もう私にとっての新宿の娯楽は映画館か、その帰りに、イチャイチャカポーの横で衝動買いするクレープくらいのものだ。
寂しい。おお寂しい。

そんな事情もあって、最近は新宿にも行かない。
昨年は自転車で高田馬場にもよく行ってたが、生活環境が変わったのでもうあまり行かないだろう。
で、一番よく行くのは池袋だが、西口のはやけにごみごみしていて行く気が起きないし、
サンシャインのほうはやけに遠い。
ここまで言ってしまうとただのわがままではあるが、私の愛する文化芸術を提供してくれるTSUTAYAがどこにあり、どんな値段なのかということは死活問題なのである。

ここで、一番いい方法は、と考えた。

自分の住む街に、TSUTAYAがあればいいんじゃない?

過去の映画鑑賞記録から、住んでるところなんて一発でバレているはずですが、
一応は芸能事務所にお世話になる俳優ですので、
一応、あまり住むところがバレてはいかんので、
一応、伏せて話をしますと、
交通の便がいいとこに住んでいて、近くにこじゃれた映画館もあって、
夜には駅前の橋から綺麗な景色が見られる。
春には、大通りの桜が綺麗で、とにかく、人は多い。

そんな我が街に、TSUTAYAくらいあってもいいんじゃないか。

そう思ったのは、よくよく考えれば、何も今に始まったことではない。
東京に無理やり住み始めた6年前から、その願望はあった。
だが、できない。

こんなに人の多い街なのに、なぜかTSUTAYAが建つ! という情報は、
風の噂すら起こらない。
いったいなぜなんだろう。

ちょっと考えてみた。
第一にお金。
もしかしたら、ここは新宿以上に場所代が高くて、もしかしたらレンタル料が半端ないことになる。
これはありえる。住んでるとこを訊かれて答えると、いい場所だね、とよく言われることからもわかるが、
やっぱり、家賃が高いところ=維持費も高いであろう。
第二に同業者。
付近(と言っても歩いてけっこうかかるけど)には350円で旧作がレンタルできる店、
AV専門の店、あとブックオフ、
文教堂などの書店もあり、めっちゃ小さくて買いたいもの買えないけどCDも売ってる店がある。
そう考えると、うかつにこの街にババンと店を建てても、厳しい戦いが予想されるからTSUTAYAができないのではないか。
第三に映画館。
さきほども述べたとおり、近くに映画館がある。
そこは名画座で、私がこの街に住んでもっともよかったと思う理由がこの映画館である。
TSUTAYAで準新作となっている作品をラインナップに加えている映画館だ。
ここに大型レンタルショップなんて建てられたら、お互いがお互いの首を絞めあう結果になりかねない。

まぁ、とにかくいろんな理由があって、TSUTAYAはこの6年間、わが街にはできないままなのだ。
私の生まれ故郷にだって、すぐそこにレンタルショップもCDショップもあるのに。
ある意味、田舎より不便だよ!
いっそのこと、署名活動でもしてみようか。

ほんとうにオチのない話をぐだぐだと話してしまった。
だが、このTSUTAYA問題は、いまでも、そしてこれからも私を悩ます、文化芸術における最重要事項なのである。
そして、交通の便はかなりいいくせに、
TSUTAYAもCDショップも電気量販店もない、よくわかんない私の街は、どう変わっていくんだろう。
そんなことを書いている私の部屋の窓から見える景色に、
またまた高ーいビルが建とうとしていて、こちとらいい迷惑である。
洗濯物が乾かないンだよッ。

生活は続く。

ON AIR#2558 SAINT-JACQUES...LA MECQUE(2005)

サンジャック

『サン・ジャックへの道』(2005 フランス 112分)

先日、『星の旅人たち』という巡礼の映画を観て、いたく感動してしまったので、
そのプレスシートにも書いてあった、巡礼を舞台にした映画がこれ。

たどる道はほとんど一緒なんだろうね。
要所要所で出てくる巡礼の名所は、『星の旅人たち』と一緒だったもんな。
巡礼最後の地で有名なサンディアゴ・デ・コンポステーラの大香炉などは、どちらも荘厳に描かれていた。

しかしこうして立て続けに巡礼の映画を観て感動してしまうと、
どうしても巡礼に行ってみたいと思わないではいられない状態になる。
フランスまでの旅費、またフランスからの巡礼に必要な費用の心配だけでなく、
だいたい、フランス語もスペイン語もさっぱりわからん東洋人に、二ヶ月にも及ぶ旅が果たしてできるのかという不安もないではないが、
バックパックを背負って、たくさんの人間がひとつの目的地に向かって進んでいく、
観光でもなければ放浪でもない旅路に、すっかり魅せられてしまっている。

旅なんかやって、人間の芯が簡単に変わったら、人生はどんなに楽だろうか。
人生、たやすく好転することなどありえない。そんな生半可なもんではないことは解っている。
この作品の登場したクロードだって、最後の最後までウィスキーから離れられない。
そんなものなのだ。なかなか、人間は成長できない。
けれどどうしても、人は旅に惹かれていく。

かくいう私もそうである。
あくまでシゴトだが、ハイエースで全国の小中学校を回って河童を演じたことは、
少なからず大きな経験にはなったが、それで、延々と続く生活を楽に進めたなんてことは感じない。
むしろ、旅によってまずます××になってしまったし、×××もいつの間にか××になっていた。
巡業が終ってから数日、燃え尽きたようになった私は、どうかしていた。
やけに悲観的になってしまい、家族にも、親しいひとにも、迷惑をかけたと思う。

それでも、あの四ヶ月が、心の奥底にきっと宿って、
またつらい経験にあっても、立ち向かっていけるとは、信じていたい。

巡礼という、この長い長い旅は、やがて訪れる「死」に向かって続く日々の繰り返しのなかのほんの一部分である。
だが、何が変わるわけでもないけれど、「もうちょっと先を見てみよう」と、また新しい一歩を踏むきっかけにはなったんじゃないだろうか。
この作品のピエールやクララやクロードがそうであったように。
「それでも生きていく」ことを選択したひとたちの目は、どこまでも美しいのだ。
おそらく、フランスとスペインの国境のわずか5分程度のシーンに描かれた葛藤に、この映画のすべてはある。
そう思う。

この良作を、大きいスクリーンで観られなかったのが、唯一の後悔である。

余談ではあるが、
ジャン=ピエール・ダルッサンを、この数週間で観た映画のなかで三度も見かけている。
『ル・アーブルの靴みがき』、『キリマンジャロの雪』、そしてこの『サン・ジャックへの道』。
最大級の敬意をこめて失礼なことを言うが、どこにでもいそうなオジサンをここまで魅力的に演じられるフランス人俳優がほかにいるだろうか。
いや本当に素晴しいのである。
また銀幕で、彼を見たい。

ON AIR#2557 Straight Edge

またまた、かなりどうでもいいお話をするのだが、
昨年末に胃腸炎を発症した前日。
僕は東京チカラめしにビールという組み合わせの夕飯を食べていた。

※このブログを読んでいるひとのなかには、もしかしたら東京チカラめしが進出していない場所に住んでいる方もいらっしゃるかと思うので説明させていただくと、
東京チカラめしは、ざっくり言えば焼き牛丼のチェーン店。
近年、神田あたりにできてから、東京で爆発的に人気になったお店です。

僕の勝手な予想で、チカラめしが焼けてなかったということにしている。
(だって、ずいぶんやわらかかったんだもん)
だが一方で、キンキンに冷えたビールを、焼き牛丼の直後にぐびぐび飲んだことも、
腹をくだした原因なのではないか……。

そう思ってから実に三週間ほど、私は酒を飲んでいない。
たぶんこんなに飲まないのは、成人してからの七年では初めてのことじゃないか?
思えば、酒というものを覚えてから、ほぼひっきりなしに飲み会だの、コンパだので、
アルコールを摂取しない週はほとんどなかったのではないかと思われる。
学生時代の私を知っている親友なら覚えていると思うが、
帰りの高崎線でチューハイを飲むはた迷惑な二十歳といえば私であった。

特に、酒好きでも、酒が強いわけでもないのだが、
最近でもコンビニで限定醸造のビールがあれば買っていたし、
居酒屋でバイトしていた経験もあってか、帰り道では酒が飲みたくなり、
若造でありなから、なじみのバーなんぞもできたりした。
(いまがわさんを連れて飲んだこともある)
巡業中でも、明日公演がないときは飲んでいた。

それが一転。
胃腸炎以来、たまたまが重なり、呑まない生活に慣れてきている自分がいる。
別に禁酒しようとか堅く決意したわけでもないので、気まぐれでなんかのときにビールを飲む私は容易に想像できる。だいたい、せっかく見つけたなじみのバー、また行きたいしな。
だが、この際、どこまで呑まなくていいか、試してみたい気もする。

実際、酒がなくても困らない、というか、酒を飲んでいた時期に比べて体調がすっきりしている感じなのである。
呑んだら、それなりに気持ち悪くなるときもあったし、なにより、年齢も手伝っておなかがもたれてしまう。
付き合いでオールした日にゃサイアクだ。
ところが最近は、そういうことがまったくないし、ちゃんと腹が減って、おいしくご飯を食べられる。
単なる気のせいかもしれないが、調子がいいことには変わりないし、とにかく体内にやる気を持ったまま、生活が送れる。これは本当に嬉しい。
私の大好きなプロレスラー、CMパンクが、かつてギミックで酒もタバコもドラッグもやらない主義(俗にストレートエッジという)を提唱していたが、ちょっと彼になったつもりで楽しんでやろうかと思っている。

ま、一年も経たないうちに酒は飲むでしょうけど。



……アルジェリアでの人質事件で、やきもきしているここ数日。
遠い海の向こうで、想像もつかないような恐ろしい出来事が次々と起きている。
でも、どんなときでも、こういうくだらないことを書いていくべきかと思っています。
自分には、まだ言及するチカラはなく、もうちょっと時が経ってから、書くときも来るかもしれません。
他人事と思わずに。
どうすればいいのか、考えたい。

ON AIR#2556 Itsuka(Someday)



イントロのベースに、やみつきになりそう。

ラジオでこの曲が流れたとき、聴き入ってしまった。
最新のベストアルバムには入っていないらしい。
しかしながら、この洗練されたサウンド……。
とても1980年のナンバーとは思えない。

映画にも、テレビドラマにも、小説にもない確かな魅力。
ほんとうの名曲っていうのは、色褪せない。
時代に流されることなく、
いつになっても、ひとの心を打ってくれる。

どんなに好きなアーティストでも、苦しいときに聴いて、励まされた曲ってけっこう少なくて、
それよりも、ふと、なにげなく聞こえてきたメロディに意外にも励まされてしまったりする。

この曲はそんな歌である。
歌詞をとっても、派手にならないブラスも、街に寄り添っている、そんな感じがする。
しばらく会っていなかった恋人にこれから会いに行くような、
くすぐったいウキウキ感がこの曲にはある。
なんなんだろうね、この不思議な曲。何度、聴いても飽きない。

Ride On Time!

ON AIR#2555 Book Junkie

巡業をきっかけに、また本を読むようになったので、
いい作品を読むたび、
「この日本のどこかに他にもこの本を好きだって言ってくれるひとはいないものか」
と思い、ブログ検索なんぞしている。

続 活字中毒日記』というブログを見つけた。

僕の何倍ものペースで小説を読んでまして、しかも感想がとても丁寧で、
自分の読んでない小説も、
「これなら読んでみたいかも!」
と思える。

映画の感想なら、ガンバりゃそれなりに書ける私でも、
小説の感想をブログに書くということは、どうしても難しいと感じている。

映画は楽だ。
困ったら、監督や脚本家、マニアックにいくなら、撮影監督の過去作品と照らし合わせて考察すればいい。
出ている俳優の演技についていくらでも憧れの目線で語れる。映画音楽が有名な人だったらそれもいい。
実に多方面から観られるから、映画のことを書くのは本当に便利なのである。

ところがどっこい、小説となると……。
なんていうのかな、単純に量を読んでないというのと、
文庫の解説とか読んでもわかるとおり、映画評論以上に文章の構成力が必要とされる。
ほんと、面白い解説いっぱいあるじゃない。
ああいうの読んじゃうと、とても小説の感想なんて読んでも参考にならんわな、と思ってしまう。
どこまで行っても、小学生の読書感想文の域を脱さない。

コメントももらってるわけでなし、有名人もなし、趣味、道楽で書いているんだから、
テキトーに書いてもいいんだろうけど、それはそれで、書いても楽しくないんだもんな。


しかも私の場合、文庫ばっかり購入している(理由はずばり貧乏だから)ので、
どうしても、文壇の最先端からは外れたところで小説を楽しまなければならない。
それはそれで楽しいのだけど、やっぱり旬のブンガクについて語れないのは残念である。

というわけで、この『続 活字中毒日記』は、
文庫ではなく、四六判(ハードカバー・単行本)の感動がたくさん載っている。
これからことあるごとに、読んでみようと思っている。
核心をついちゃうネタバレを踏む心配もありません。

おすすめでございます。
よかったら。

ON AIR#2554 talk to her(2002)

寒いのに加えて頭痛。
昨日は普段より早く眠りにつけた。
だが、私の場合、八時間とか健康的に寝ちゃうと睡眠過多で頭痛が起きるようだ。
朝起きてから一日中具合が悪くて、気力が起きない。
やんなっちゃうなーもう。


さてこれから映画の感想を書くのですが、
僕の感想は、最近ネタバレ普通にしますんでどうかお許しを。

でも映画っていうのは不思議な力があって、ネタバレしてたとしてもちゃんと観ないとわからないと思うんですわ。
いくら、
「ブルース・ウィリスが自分の命を犠牲にしてまで隕石の衝突から地球を救ったんだよ!」
って言われたって、実際に『アルマゲドン』を観て、エアロスミスの名曲を聴かなきゃ、
ストーリーだって魅力だってわからないものでしょ。
結末知ってても何度も観たくなる映画も充分多いわけで、その点では映画っていくらでも語り合える娯楽なんだと思います。

これがプロレスの特番の試合結果だったら話が違ってくるけどね。
特に私の好きなWWEではこれからロイヤルランブル、
四月にはレッスルマニアが控えているので、できる限りのネタバレは避けたい。

話がそれた。

では。

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『トーク・トゥ・ハー』という映画を観た。
女優レオノール・ワトリングがめちゃくちゃ魅惑的に撮られているんで、非常にどきどきいたしました。

よくある難解な映画かなと、最初は身構えていたけど、観ていくうちに、主人公ペベニグノの無償の愛というか、女性を真剣に愛することで、主人公の男二人が友情を超えた絆を得ていくことに共感が持てた。

しかしながら男という生物の中にはたまにベニグノのように「バカじゃないの!?」というほど一途に女を愛してしまうヤツがいるんですよね。

まずベニグノは、人生の大半、思春期でさえ、母親の介助に犠牲にさせられ、初めて好きになった女性が、向かいのバレエ教室の美しい女性・アリシアでした。
アプローチの仕方はとてもうまいなんて言えたものではなく、ストーカーまがいのことをやってしまうわけです。
彼女の住むメンタルクリニックの自宅から髪留めをつい盗んじゃって、その矢先にアリシアにばったり出くわし、いぶかしげな目線を送られる。
髪留めを盗んだことはバレなかったけど、不幸なことにそれがアリシアが事故で昏睡する前の最後の元気な姿だった。
すると彼は、母親への献身的な介護をしてきたことを生かし、昏睡状態に陥ったアリシアの看護をするのです。
幸いアリシアの家族にも怪しまれることはほとんどなく、しかも同性愛者だと嘘をついて病院内では悠々とアリシアの体に触って介護を続ける。
一日だけまともな会話ができたあの日。
元気だった頃に彼女が好きだと話していた趣味。それを彼は引き受け、サイレント映画を観たり、バレエの公演を観ては、その日あったことをこと細かに、目覚めることのないアリシアに語りかけ続ける。
そんな生活をもう四年も続けているとあっては、ストーカーなのか真の愛なのかがぼやけてしまいますね。

いっぽうでもうひとりの主人公マルコも(どちらかといえば彼が重要なストーリー・テラーであります)、前の恋人を完全に忘れるまで実に10年を要し、せっかく新しい恋人、女性闘牛士のリディアにめぐりあえたと思ったら、闘牛の試合中の事故が起き、加えて昏睡状態に陥った恋人リディアが、マルコではなく自分の元彼であるハンサム闘牛士とヨリを戻そうとしていた事実に気づいてから、記者の仕事を半ば投げ出してヨルダンに旅立ってしまうという、ある意味半端ない行動力の持ち主でありながら、恋愛に対してはことコンプレックスに悩まされている男でありまして。

まっすぐな愛情が時として間違った方向に行ってしまう、愚かな一面もあって、それがなんとも危うい。
諸刃の感情で突き進んで何もかも壊してしまうという男は、たぶんどこにでもいる。

それをなんとか理性でカバーし続けられたのがマルコで、残念ながらカバーできなかったのがベニグノだったのでしょう。
ベニグノはその人生を、家族の世話につぶされてきました。そういう意味ではとても不幸で、まともな恋愛ができないのも、無理はなかったのかもしれません。
やがて「性」というものの前に屈折した感情を持ち続けた彼はついにある日、ある過ちを犯します――。

マルコにはその分、恋愛に関しては極端とはいえども、一般的な職に一般的な価値観を持って生きてこられた分、リディアの昏睡を、悲しみながらも受け入れ、リディアの元彼の登場を機に、リディアから遠ざかっていきます。眠っているリディアに話しかけるということは、ついにしないままだったのです。

その結果が、クライマックスにどうなるかをぜんぶ説明するのは骨が折れるのでここまでにしておきますが、
悲劇でありながら、奇跡が起こる希望の物語になっていたことに私はまず心が洗われました。
ベニグノの行動が、正しいことだったとは言い切れない部分もありますが、
彼の祈りと過ちは、最後に一度だけ、奇跡という赦しとなって現れたのかもしれません。

もしマルコが、ベニグノほど極端ではなくとも、信じることをやめなかったら、愛することをやめなかったら。
もうちょっと違った結末が、彼にも訪れていたかもしれない。
そう考えると、胸が締め付けられます。

恋愛の仕方は実に多種多様、十人十色。
なかには恋愛や性に対して少なからずコンプレックスを抱えている人もいると思います。
でも、絶望的な出来事っていうのは、恋愛に関しては簡単に起こり得ることなんですよね。
それでなくても、やるせないことというのはたくさん経験しなければ強くなれないのが恋愛であります。
僕自身、コンプレックスを抱えていた時期がありました。
なかなかそういうことを言い出せないままでしたし。
今でも、日常生活に支障をきたすほとどとはいかずとも、心がじくじくと膿んでいるような感覚はいまでも起こります。
イライラしてふさぎ込んで悲しみにくれることは、誰にでもあるはず。

この映画は、ベニグノとマルコに起きた悲劇を通して、
人を愛すること、求めることとは何なのか、自分をささげることは、どういうことなのかを、
ちょっといびつな形で見せてくれます。
心に潜む闇といってはくさすぎるかもしれませんが、
そのなかでどう自分であり続けようとするか、その難しさを改めて教えてくれます。
それでも結局、愛はなんらかの形で、報われることがある。
そう信じるきっかけになるといいですね。

胸が痛む映画ではありますが、
たぶん男性にとっては共感しやすい作品なんじゃないでしょうか。
ベニグノとマルコは、
きっと男なら誰しもが持っている心の一部分なのだと思います。

よかったら是非。

ON AIR#2553 Corrugated Paper Art

やっぱり風邪かな。
いまいち体調がすぐれない。
ついにエアコンをつけてしまった。
一度誘惑に負けてつけてしまうと、人間って弱いもので、つけていないと耐えられなくなる。

夏は一度たりとも冷房をオンにしなかったんだけど、
どうしても冬は耐えられない。
寒気なんだか、冬の寒さが凍みているだけなのか、わからない状態。


舞台、『ゴジラ』がもうすぐ上演されるのですが、
夜、稽古場に寄ってみたら、ダンボール製戦車を作ってました。
昨年の私が出演した『ゴジラ』では、ダンボール職人にすべてまかせており、
それがかなりのクオリティだったのですが、
今年は役者全員で作り上げています。
僕も少し手伝わせてもらいました。

ひとりに任せていたころと違い、不器用ながらも、
非常に愛着を持ってとりくめるし、みんなでやっているから、アイデアも湧いてきて、
「こうしたら面白い」よね、と、工夫がこらされた戦車になっていくプロセスが、とても面白かったです。

みんなで協力することが、いかに大切か、
そんなカンタンなことをいまになって教えられました。
そして、昨年あれだけの戦車を作り上げたダンボール職人の手腕は、素晴しかったのだと、あらためて思い知らされた次第です。

きっといい戦車になっていると思います。
1月23日から、27日まで、SPACE107で演っているので、よかったら来て下さい。
僕も劇場でいろいろ手伝ってます。

元・レポーター役の田嶋でした。

ON AIR#2552 Nagisa

朝起きてから今まで、信じられないほどくしゃみをした。
息をつかせないほど。ひたすらくしゃみ。
ティッシュボックスは一気になくなった。
あれか、風邪なのか。
まったく、やんなっちゃうよ。

大島渚さんが亡くなった。
『戦場のメリークリスマス』とか『少年』とか、印象に残る映画は多い。
加えて極めてどうでもいい話をすると、
「なぎさ」という名前の響きに、なんとも日本的な美しさを感じる。

最後にあと一作、作品を観たかったな。
なんて、惜しみながら。
誰であれ、人が亡くなることは、寂しいが、
映画人、名監督が亡くなること、ぽっかりと穴をあけられたような。
遺された子(作品)が、寂しがっているような気がするんだよ。

私みたいに、名もない人が、その子たちを大事にしてやらないとな。
忘れないでいてやらないとな。

どうぞ、安らかに。
お疲れ様でした。

ON AIR#2551 White City

Shinjuku.jpg

朝起きたら雪でしたね。
新宿も恐ろしい空でした。
携帯で撮ると世界の終わりのようです。

Hato.jpg

鳩も地下街で雨宿り、というか雪宿り。
寒いのか動きも鈍かった。
かくいう私も、豪快に転倒して、とても痛かった。
革靴はいてきて正解でした。


成人の日とのことですが、あまり成人したころには戻りたくないものです。
あまり未来に悲観的ではなかったのですが、今以上にどうしようもない人間だったな、なんて思うので。
もちろんこれからどんどん老いていくことも、十二分に怖いのですが、
年取ったからわかったこと、よかったこともそれなりにあるし、
(かつて福袋にあったブルックスブラザーズが違和感なく着られるくらいのものですが)
『ベンジャミン・バトン』のような人生がもしあったとしても、うまく生きられるとは思わないし、
「あなたは明日若返ることができます」と言われても、もうイヤかな。


成人の皆さん、がんばって。
いい大人はたくさんいると思うんで。
そういう人を見習ってどうか生きてくださいな。

ON AIR#2550 Lucido

何を思ったか、ヘアリキッドを整髪に使っている。
ルシードの無臭のやつ。
親父くさいというイメージはいまだにあるのかもしれんが、
ワックスみたいに、使うやつのオシャレ感が必要なモノよりは、こちらのほうが使いやすい。

私のようなペッタン過ぎ、サラサラ過ぎ、直毛過ぎな髪の毛に、ワックスはとことん合わない。
短めならなんとかなるが、髪の毛が伸びてからだともっと厄介で。なかなかいい具合にまとまらないのだ。

ところが、ヘアリキッドなら、
ドライヤーして、つけて、
櫛使って横を後ろ気味にまとめていくだけで、私のような髪の毛でも、けっこうな整髪力を保ってくれる。
ワックスみたいに、手がベッタベタになるだけで徒労に終るということもない。
ものの数分でできるのがとても強みだ。

しばらくはルシードを使ってみよう。
髪の毛も常に短くしていたい。
なにせ、プロフィールにある写真の時点で、すでに切りたいくらいだ。

WWEのThe Mizみたいに、かっこよくなりてぇよ。

ON AIR#2549 The Way(2010)

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スターバックスのコーヒーを片手に名画座へ。
最高のひとり遊びであり、贅沢である。

観たのは『星の旅人たち』。(2010年 アメリカ/スペイン 128分)
監督がエミリオ・エステヴェス。出演もちゃっかりしている。
って、なんと、主演のマーティン・シーンの息子だったんかい。
父と子で共演なんて、最高じゃないか。
ストーリーも、それにぴったりなものになっている。

劇場で幸運にもプレスシートをゲットできたので嬉しい。
パンフと違って非売品だからね。

疲れていたのか予告の段階でちょっと眠かったのだが、
映画が始まったら、そんなことは気にならなかった。

バックパックを背負った名優、マーティン・シーン。
渋い。とにかく哀愁漂っている。
あのバックパック、日本を思わせるタグみたいなのが貼ってあって、それだけでちょっと好感が持てる。

ひたすら、歩いているシーンと、どっかに泊まっているシーンの連続であるのに、飽きない。
登場人物。それぞれに生まれも生き方も違う四人組+もう一人。
その軽妙な科白のかけあい。時々挟み込まれる名曲の数々。

ロードムービーには、いい作品が多いけれども、
この映画が決してステレオタイプなロードムービーに埋没してないのはそういういい意味でのくだけた画の作り方にある。
むしろ、突出した力強さが感じられ、自然とこちらまで、勇んで旅をする一人になった気分になるのだ。

旅を終え、ラストシーン。
そのマーティン・シーンの目が、ただただかっこいい。
70を越えたジジイとは思えない若々しさ。
旅を乗り越えた先に立つ人の目は、ああも美しいのか。
私の右隣でいかにも映画好きそうな、おばちゃんになりかけのお姉さんも、終始笑い、最後は泣いていた。

本当にいい映画だ。
とりあえず、私は無性にバックパックが欲しくなった。
もともとカバンが好きなうえに、こういう映画を見せられてはたまったもんじゃない。
近々、アウトドアスポーツのお店に行ってしまうだろう。
そんで、ついでにメッセンジャーバッグも見て悩む自転車好きな自分がすでに想像できる。

旅がなかなかできなくても、映画には確かな旅がある。人生がある。
“人生は旅である”とは、よく言ったものだ。

ON AIR#2548 Closing

いまさらな話題かもしれないけど、銀座シネパトスが閉館する。
いままで知らなかった自分も映画好きとしてアレだけど、なんか寂しいです、こういう話題。

『クロッシング』という韓国映画を母と観に行ったっきりです。シネパトス。
私の大好きな元WWEプロレスラー、ストーンコールド・スティーブ・オースチンの出演映画『マキシマム・ブロウ』のチラシを手にして閉館を知りました。
オースチン、観にいこうかね。

シネコン、嫌いじゃありません。
むしろ好きです。
友達とも、恋人とも、気軽に行けるオープンさ。
イベントもあるし、コンセッションもグッズも充実してますよね。
前売券だって買いやすいじゃないですか。
話題作、大作なら、シネコンでわいわいやりたいです。

でも、単館も捨てたもんじゃねえな、ってやっぱり思うわけです。
名画座だって、みんなで見には行けるけど、
ひとりで映画に浸りたいとき、必要なぬくもりが、そこにあるんです。

巡業公演で四ヶ月全国を回ったとき、いろんな映画館を知りました。
中には、不況の煽りを受け閉館してしまった片田舎の映画館もありました。
ハイエースが宿に到着するたび、その土地の映画館が近くにないか調べるのが日々の楽しみでした。
拘束時間の長い巡業では、こういう空間が、僕には必要だったのです。

いま生き残っている映画館には、シネコン単館問わず、
街の人の、確かな感動を求める気持ちっていうものに支えられているような気がします。
人生に希望というものがあるのなら、そういうことを言うんじゃないでしょうか。

映画がこの世にある限り、必要とされる限り、映画館は街にあり続ける。
映画を観られる場所が、増えて欲しいなと静かに願います。
閉館という寂しさより、開館のニュースが、やっぱり喜ばれることでしょうから。

ON AIR#2547 Round Zip Book Cover

このあいだ、電車の中でチャックのついたブックカバーを使って本を読んでいるひとがいて、思わずじろじろ見てしまった。
チャックがついてるブックカバー、なんて画期的なアイテムなんだろう。
私みたいに小説を読むスピードが遅い人間の場合、カバンの中に入れっ放し……ということもよくある。
何日も放置してしまうと、いろいろカバンの中にあるほかの荷物に挟まったり引っかかったりして、
ブックカバーをつけていても、ページの端が折れたり、歪んだり、変なシミができてしまったりするのだ。

このチャックつきのブックカバーなら、その心配は一切いらない。
たとえば電車の中で読んでいて、降りる駅の手前で本を閉じて、チャックを閉めてカバンのなかに入れちゃえばいいのだ。
タバコを吸う人が、箱がつぶれたり葉がこぼれないように入れるポーチみたいに、カバンの中に安心して突っ込めるわけだ。

本をポーチに入れる、しかもブックカバーという機能までつけて。
そんなアイデアを、まったく私は想像していなかったので、度肝を抜かれた。

一応、ラウンドジップブックカバーというやつらしい。

http://worldcp.co.jp/index.html

上記のURLには、そんなラウンドジップブックカバーがずらりとありました。
調べてみれば、ラウンドジップじゃなくても、フツーのブックカバーも、かなりいいデザインをしている。

それに、値段も\600~700と、かなり手ごろだ。
(私のいま所持している愛用ブックカバーは三つとも1500円前後である)

本よりもブックカバーが好きと言っても大げさではない自分にとっては、
これは喉から手が出るほど欲しいアイテム。

ただ、ネット通販はなんか苦手というかなんというか。
実際に手にとって確かめたい。
どこか店頭販売していないものかなあ。


店で見かけたというひと、ぜひぜひコメントください。


しかし、このラウンドジップブックカバーを最初に発案したひとは、誰なんだろう。
本当に偉大だよ。

ON AIR#2546 New Year's Card

いつも“STRAYDOG"を応援してくださっている皆様へ


どうも、田嶋です。
“STRAYDOG”新年会LIVEにお越しくださいました皆様、
どうもありがとうございました。

19時開演で、まるまる三時間、ほとんど休憩といった休憩もないまま。
翌日、午前中から仕事があるお客様も、たくさんいたと思います。
それでも飽きずに観てくれたファンの皆さんの温かさ。
ひたすら頭が上がらないです。

僕自身、約三年ぶりに、人前で弾き語りをさせていただきました。
ド緊張の中、歌いました。
劇団コントの中でちょっとだけ歌った、下北の土間土間の歌い出しで始まる歌は、
ほんとはサビまでちゃんとあります。
またちゃんと歌える機会があれば、是非。

後片付けをして、劇場を出る頃には、とっくにテッペン越えてました。
翌日も午前中から後片付けと掃除をやる予定です。

今月三日から、稽古が始まり、ほぼ一週間で仕上げたライブです。
僕より、ほかの劇団員全員がめちゃくちゃがんばっていました。
久々のドッグ公演で、ほとんど後輩におんぶにだっこ。
本当に情けない限りです。

でも、巡業が長かった僕にとって、
ストレイドッグのステージで、コントとはいえ、みんなと芝居ができたのはとても嬉しかったです。
帰ってきた! という感じ。
終電で帰る僕の胸は、達成感に満ちていました。

それでも、自分が楽しむ、ということではなく、
お客さんに喜んでもらうこと、
観てよかったね、楽しかったね、
最近くさくさしてたけどスッキリした、
って思ってもらえるようなことをすることが、僕らの業務であると思います。

今年も盛りだくさんな当劇団ではありますが、
お時間の許す限り、また足を運んでくだされば嬉しいです。
どうか、よろしくお願い申し上げます。
また劇場でお会いしましょう。


田嶋高志



追伸

年賀状。

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ON AIR#2545 Dramatization

この日、シゴトを頼まれまして。
(といっても×××××ですが)
カンタンに言えば台本作成です。
ひたすらワードに書き起こす作業。

ちなみに、ちょっとだけ主張させてもらうと、
ストレイドッグの公演でよく発売されているパンフレットの文章は、
たまに私が書き起こさせていただいています。
もちろん、他の役者も書いてはいるのですが。
劇団内でいろいろ作ったりしてるんですよ。

昨年の、『ゴジラ』、『問題のない私たち』、『路地裏の優しい猫』など。

書くのは根気がいります。
途中、ものすごい肩の痛みに襲われますけどね。
バンテリン一年分必要なくらい。

でも、なかなか楽しいですよこれが。
面倒ではあるけれど、自分の書いた文が読まれるっていうのは、やっぱり。

テープを起こすことだって、頭を使います。
ほら、会話って、もちろんつっかえたり、脈絡がなくなったり、話題が前後したり、いろいろあるでしょ?
日常会話をそのまま文章にしたら、ほんとにわけのわからんことになったりするんです。
だからそういうのを、全部、どんな人が読んでも解る文章にしていくわけです。

もちろん、自分はそれで食っている書き手ではないわけですが、
でも、頼まれるのは素直に嬉しいし、言葉を考えて書く作業があればもっともっとやりたいと思う。

いま知りたいのは、ほんとのプロのライターが、どうやってテープに起こしているか。
どんな風に録音して、どんな風に解釈して、どんな聞き取り方、書き方をしているのか。
(たとえば速記ができるのか、など)
実に興味があります。

少々話がそれたけれども、
いま、冒頭で書いたシゴトのために寝ずに執筆中です。
どんなト書き、科白にするのか。

頭の中がガス全開で燃えています。
大劇作家になったつもりで、ひたすらキーボードを打ち続ける。



ば、ばんてりんくれ……。

ON AIR#2544 No, I won't be afraid. Oh, Stand by me. Stand by me.

大学入学から、八年仲良くしてきた親友が、三月から、神戸に在住することになった。
実感がわかないからか、つよがりか、不思議に、寂しい気持ちはない。
きっと、彼がいやいや選んだことではなく、自分で決めたことだからかもしれないな。

大学卒業後、行く先に悩んでいたとき、
「芝居つづけてみたら?」
と何気なしに言ってくれたのが彼であった。
くだらないことなら、夢も悩みもすべて話せたのだった。

何もとくべつなんかじゃない出逢いだったよな。
八年後もこんなに連絡をとったり話したりできる友達になると、お互い、予想してたかな?
いろんなことが、変わったけれど、
“元”友達にならなかったことは、本当に嬉しく思う。

これからも同じだろ?
たとえ、同じ場所にいなかろうが、
同じように、同じときに、同じことで、バカ笑いできるだろ?
そうだよな。

選んだ道だから後悔しないと胸を張って言うには、
まだ、
大人になりきれないかもしれないけれど、
がんばろうな。
それでいいのよ。
きっと、それがいいのよ。

ON AIR#2543 Chronotech

やっぱりシゴトするのに腕時計って必要だなと、本日ひしひしと感じまして。
バイトとかでも、居酒屋とか喫茶店なら確認できるし、
巡業とかなら、体育館の時計で確認できるけど、
あちこちいかなきゃいけなくなるとちょっと。

というわけでギターケースと同じくらい腕時計を欲しています。
欲しているというか要している!!

100均の時計でいいんじゃないのと姉にメールされたけど、
いままで100均で買った腕時計を一年も使ったことがない。
下北で買った2000円の時計ですら一年もたなかった。
(ベルトの部分がぼろぼろになったため)

一番使ったのは、高校生のときの修学旅行で買った腕時計。
イタリアで買ったのだが、日本円にして10000円弱だったはず。

いまはバカみたいに錆ついてしまったうえ、
シゴト等で使うには、ゴツいし重い。
巡業中、ストレスになりそう。

なんでこんな見た目のものに何ユーロも払っちまったんだろう。
(しかもローマ三越。ほぼ日本じゃん)
でも、なんとなく捨てずにとってある。
当時は、子供心にかっこよかったんだろうな。

いっそ、この腕時計をまた使うか?
でもやっぱりゴツいのは苦手。
どうしよう。

ON AIR#2542 BOBLEN

夜中まで新年会ライブの稽古。
ここのところずっと思っているのが、ギターのケースが欲しいということ。
というのも、ギターケースの蝶番がぜんぶぶっ壊れているのだ。

できればソフトじゃなくて、ハードのがいい。
ソフトは軽くて持ち運びにいいけど、チューニングがやけに狂うし、
それになんとなく、アコギはハードのほうがかっこいいから。
それに重いものを運ぶのは筋トレにもなる。

僕はアコギをよく使うからアコギの話をしているけど、
できるんだったらエレキもハードケースがいいね。

ああ。欲しい。

ON AIR#2541 Hama Okamoto

ハマ・オカモトさんと浜田雅功さんのRadipediaの対談、おもろかったなー。
当然のことながら、父親が芸能人というわけではない僕には知らない世界を知ることができた。
僕自身、ハマさんが浜ちゃんの息子さんだとは、あとあとで知ったんで、
浜田雅功の息子というフレーズという感覚にはならないね。

ON AIR#2540 NISATTA

明日が怖くなったら、今日やることだけ考えていればいい。

ON AIR#2539 New Year Concert

さて、明日から本格的に、新年会LIVEに向けて準備と稽古が始まります。
約一週間ですべてをつめこむつもりです。

なぜか、柴田さん(劇団の大先輩)にキレて、

「ドッグ辞めます!」

といきまくなんとも不吉な夢を見た僕ですが大丈夫ですか……。


http://ticket.corich.jp/apply/42195/016/


予約受け付けてます!
歌います!

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

田嶋高志